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上方歌舞伎会

年に一度の上方歌舞伎会も、今年で第19回を迎えました。国立文楽劇場のご厚情に心から感謝しています。出演者も一年毎に力を付け、観客動員数も増え、今年の公演は補助席まで出る盛況振り、そして若い役者たちを励ます暖かい拍手!こんな有り難い環境で勉強させて頂く役者たちは、本当に幸せ者です。上方歌舞伎会が始まって19年、いろいろな事がありましたが、何と云っても恵まれた環境の中で回を重ねる事ができました。その以前、今からおよそ三十年ほど前からの十年は『若鮎の会』と云う勉強会がありました。その頃は関西では歌舞伎が今のように公演さていませんでした。そんな折、まだ名題下の現上村吉弥と中村鴈乃助、それに片岡比奈三の三人が中心になって『歌舞伎の勉強会』を持たしてほしいと云ってきたとき、私はいろんな面で大変だからと反対したものでした。でも彼らの気持ちは強く、遂に開催のはこびとなりました。劇場の交渉や大道具小道具に衣装・かつらの交渉なども、皆役者がするのです。稽古場を借りる予算もなく、嵯峨の父(13代
仁左衛門)の家での稽古でした。そして復習は豊中の私のマンションで合宿しながら勉強し、やっと天満の労働会館で若鮎の会があきました。客席は半分くらいの入り!でも『よくこれだけの人がよく来て下さった』と喜んだものです。そんな事を思い浮かべながら、今の恵まれた環境での『勉強会』、本当に上方歌舞伎会の役者たちは幸せなとしみじみ思いながら、先輩方から受け継いだ事を少しでも多く写すよう頑張りました。千秋楽の舞台挨拶で、舞台から超満員の客席を見た時、熱いものがこみあげ、まこと、感無量の思いでした。

プロフィール

片岡秀太郎

Author:片岡秀太郎
二代目 片岡 秀太郎
昭和16年9月13日
大阪府大阪市生まれ
屋号は松嶋屋
定紋は七つ割り丸に二引、替紋は追いかけ五枚銀杏
本名は片岡 彦人(かたおか よしひと)

十三代目片岡仁左衛門の次男
1946年(昭和21年)10月京都南座で『吉田屋』の禿役で本名の片岡彦人で初舞台
1956年(昭和31年)3月大阪歌舞伎座の『河内山』の浪路で二代目片岡秀太郎を襲名

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