十月興行の…

今日から十月・演舞場公演の稽古が始まりました。ご報告の通り、母・微妙を勤めますが、五十九年前の十月には、大阪の千日前の歌舞伎座で、小四郎を勤めていました。初代吉右衛門おじさんの一座に、関西から子役の私一人が出演、父の仁左衛門と弟の孝夫は、名古屋の御園座に出演していました。そのときの盛綱はもちろん吉右衛門おじさん、微妙は三代目時蔵おじさん、篝火が歌右衛門兄さん、早瀬が先代宗十郎(当時、訥升だっと思います)和田兵衛が八代目幸四郎(染五郎?)、それに時政が先代の団蔵の各おじさん方という、凄いメンバーで、私は団蔵おじさんの楽屋に抱いていただいていました。団蔵おじさんはとても優しかったです。昔の盛綱の首実験はその日によって随分違い、時間的にも長かったり短かったりで、嘘か誠か、十五代目(羽左衛門)さんは、首実験だけで十五分かかった日があったとききました。この月の播磨屋のおじさんも、毎日同じでなく、小四郎を勤めていた私は、楽屋でその日の首実験の真似をして、団蔵おじさんか、画用紙で
首をこさえてくださり、口三味線で羲太夫を語って下さっていました。この時の岡太夫さん、弦二郎さんの羲太夫が子供心にも素晴らしく感じ、いまだに耳に焼き付いています。あれから五十九年…、小四郎を勤めていた彦人(よしひと)は、来月、母微妙を勤めます………。

プロフィール

片岡秀太郎

Author:片岡秀太郎
二代目 片岡 秀太郎
昭和16年9月13日
大阪府大阪市生まれ
屋号は松嶋屋
定紋は七つ割り丸に二引、替紋は追いかけ五枚銀杏
本名は片岡 彦人(かたおか よしひと)

十三代目片岡仁左衛門の次男
1946年(昭和21年)10月京都南座で『吉田屋』の禿役で本名の片岡彦人で初舞台
1956年(昭和31年)3月大阪歌舞伎座の『河内山』の浪路で二代目片岡秀太郎を襲名

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