錦会

二十九日、演舞場の稽古終了後、国立劇場での舞踊会、「錦会」を鑑賞しました。この錦会と云うのは、叔父(母の実弟)花柳錦之輔(後の寿楽)が、戦後間もない昭和二十二年に、錦之輔の錦から「錦会」として開催した一門の舞踊会で、叔父の長男二代目錦之輔(私の従兄弟)が若くして亡くなった後も、叔父は頑張って錦之輔の倅、二人の孫達を懸命に指導し育てました。そしてその叔父の亡くなった後、孫の現寿楽、典幸が立派に錦会を継承し、今回は八十二回目の会が催うされ、二人の子供達、叔父にとっては曾孫に当たる三人が幼いながら立派に舞台に立つ姿を見て、誠、感無量でした。寿楽、典幸も素晴らしかったです!素晴らしかったと云えは地方連も豪華で素敵でしたが、中でも寿楽が舟人を踊った「清元・隅田川」の美寿太夫、美治郎さんの素晴らしかったこと!一緒に観ていた宝塚のOG、開演前に「四十五分」と聞いて「長いですね~」と言っていたのが、終わってみると、とても短く感じたそうです。大劇場いっぱいのお客様!叔父も従兄弟も、それに先月亡くなった二人の祖
母も、とても喜んでいると思います。また若くして未亡人になり、長い間姑・しゅうとめに仕え、幼かった二人の息子を立派に育てた多恵子さんに、心から敬意を表します!感心はかりしていないで、私も明後日からの演舞場、従兄弟の子供達に負けないように頑張ります!
プロフィール

片岡秀太郎

Author:片岡秀太郎
二代目 片岡 秀太郎
昭和16年9月13日
大阪府大阪市生まれ
屋号は松嶋屋
定紋は七つ割り丸に二引、替紋は追いかけ五枚銀杏
本名は片岡 彦人(かたおか よしひと)

十三代目片岡仁左衛門の次男
1946年(昭和21年)10月京都南座で『吉田屋』の禿役で本名の片岡彦人で初舞台
1956年(昭和31年)3月大阪歌舞伎座の『河内山』の浪路で二代目片岡秀太郎を襲名

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