なおりました!!


今日は13日です。10時過ぎから2度送った原稿、どうして受け付けないのでしょう?以前再送した時は、遅れて2通届いたときと、再送分しか届かず一通目は闇に消え失せましたが、今日のように再々送するのは初めてです。今からの文章は先の2通と同じです。。。今日13日、無事に中日を迎え、お陰さまで元気に舞台を勤めております。と云いましても今月は昼の部の初めの『実盛物語』の小万だけで、芝居半ばに死体で戸板に寝かされて登場して、切り落とされた腕を繋がれて奇跡的に息を吹き返し、ふた言みこと話して直ぐに死ぬ、生きているのは2分間だけなので、楽と言えば楽なのですが、硬く冷たい舞台にジッと横たわっているのも決して楽ではありません。鬘が壊れないように頸を浮かして居るので、首筋と肩が痛いです!五十年前から何度も演じている役ですが、今回初めて死に際に腰から金な刺し(刀)を抜いて(鞘ごと)太郎吉に物言いたげに息絶えるようにしています。それも初日からでなく何日目かからそ
うしています。100回以上勤めていても、毎日を新鮮に勤めていると「飽きる」と云うことはありません。先に云ったように50年前から演じている小万ですが、実盛が「一心込めし腕(かいな)をつなげば…」息を吹き返えすのではないか!?と言う件(くだり)でお客様がお笑いになるのは今回が初めて、時代と云うものでしょうか…、時にはイヤホンガイドが要らない事を言って、悲しい場面でお客様がお笑いになることもありましたが、今回はそうでは無いと思います。とにもかくにも明日から後半、大好きだった成田屋のおじさんの五十年祭!頑張って舞台を勤めます!!

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ブログ復活嬉しいです♪

更新がなく心配しておりました。
初日拝見してから八日に拝見したとき金差しを手に物言いたげにして果てる小万に、あれ?初日やってたかしら?と思ったのですが途中からの工夫だったのですね!

五十年来のお役にも日々新鮮なお気持ちでとり組まれるお姿には頭が下がりデスクワークの身でも見習わなければ、と思わされます。

今月あと一回拝見するのを楽しみにしております!雨の多いこの頃ですが御身体にお気をつけてあと一週間お元気でお勤め下さいませ。

まってましたぁ

秀太郎さんblog

毎日覗いて おや?おや?
と、心配してました。

復活 (祝) (祝)

「待ってました!
松嶋屋~」。です。

よかったあ~

ブログの更新がしばらくなくて寂しかったです。
何度も演じられているお役でも毎回新鮮にお務めに
なることがお出になるとは瑞々しい心の現れですね。
私の日常生活もそうでありたいと願うばかりです。

安心しました

中日前に2回目を拝見したときもお元気そうでしたし、その後、友人からもお元気だったと聞きましたが、ブログは「お台場にて」以後更新されないので、お加減でもお悪いのかと、ずっと心配でした。お加減の悪かったのは秀太郎丈でなく機器だったとわかって安心しました。
私も先月、パソコンが故障してしまい、データ復旧に、パソコン本体を買うより高い出費となりましたので、今月の観劇は3回でやめようかと思いましたが、やっぱりあと2回拝見しに上京します。
めっきり寒くなりました。お体ご自愛のほど、機器も快調であるよう祈ります。

金刺

今まで小万が息絶えると、九郎助が金刺を抜いて、その謂れを実盛に語るのでしたが、今回、小万が太郎吉に渡そうとするということで金刺にひとしお心が留まりました。
義賢の子、後の木曽義仲は、史実では琵琶湖のほとりでなくなく、関東で生まれ、信州木曽の中原兼遠に育てられるのですが、木曽に行く前に諏訪の、諏訪大社の金刺氏が育てたという記録もあります。実在の手塚光盛は金刺氏の一族で、後に白髪を染めた実盛を篠原で討ったのは有名な史実です。
芝居では、なぜ手塚と名乗らせるかというほかに、「信州諏訪に…」というセリフが2回もあって、諏訪の金刺氏とその一族の手塚氏をさりげなく芝居の中に入れ込んでいるのがとても面白いと思います。

久しぶり

お疲れ様です。ブログ更新がないので、心配してました。お元気で舞台お勤めで、安心致しました。「なおりました!」を見たとき、『喉の調子が悪かったんかいなあ』と一瞬ドキツとしましたが、すぐ「My blog」と「テスト」の標記を見て、通信トラブルのことだなとわかりました。復旧して、嬉しいです。

奇跡を期待する心情と、その内容を笑いたい人もいれば、笑いたくない人もいるわけで、やはり観劇中、お客は笑わないのが礼儀ではないでしょうか。作者は奇跡の現出を意図し、そのように芝居は運んで行くのですから。

首と肩、あれって大変ですね。気をつけて、勤められますように。

プロフィール

片岡秀太郎

Author:片岡秀太郎
二代目 片岡 秀太郎
昭和16年9月13日
大阪府大阪市生まれ
屋号は松嶋屋
定紋は七つ割り丸に二引、替紋は追いかけ五枚銀杏
本名は片岡 彦人(かたおか よしひと)

十三代目片岡仁左衛門の次男
1946年(昭和21年)10月京都南座で『吉田屋』の禿役で本名の片岡彦人で初舞台
1956年(昭和31年)3月大阪歌舞伎座の『河内山』の浪路で二代目片岡秀太郎を襲名

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