あとわずか


今月の公演も後一週間をきり、名残惜しい気がするのは、いかに公演が良い雰囲気で進んでいるかと云う事です。今回の口上は列座の役者が多いのて梅玉さん以外はみな話したいことを半分くらいにまとめて祝っています。私とて京屋の兄さん、新雀右衛門さんのこと、語りだしたら少なくとも10分くらいはかかり、みながそれをやったら時間が延びすぎて大変な事になります。実は私ももっとはなしたいのは五十年ほどまえに道頓堀の中座で鎌倉三代記が出たとき京屋の兄さんは私の時姫を、それはそれは丁寧に、文字通り「てとりあしとり」台詞の強弱、小道具の扱いなど、確りと教えて頂き、頂いた物は、いまも大切に持っています。なので新雀右衛門の時姫を聴いていると、随分兄さんににてる処にひかれます!!私も一生の内に、まさか「長門」を勤めるなんて夢にも思っていなかったので、ショックでしたが、中の良い新雀右衛門の披露狂言なり、京屋の兄さんヘノ恩義もあり、割りきって喜んでだしていただくことにしました。この役、歌舞伎では随分割愛され、出番は3
分30秒です、でも一言の長台詞も声の使い方、間の取り方など色々工夫すれは、かなり面白い役になります!!というわけで、後六日、心して勤めます!!

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一刻の重み


はようございます。

良いお話、写メ、ありがとうございます。長門、新しい持ち役となり、おめでとうございます。

秀太郎丈の時姫、拝見したことないので、その機会には、ぜひ拝見したいです。

今日も健やかに、すごされますように。

素敵なお写真♪

召し上がっているのはチーズケーキでしょうか?

秀太郎さんの時姫、拝見したかったです~
病身の母人長門、役者さんとして嬉しいお役でもないかもしれませんがこういうお役に秀太郎さんがでてらっしゃるとお芝居が引き締まって見ごたえが増します。

あと六日お元気でおつとめ下さいませ。

今月はお弟子さんショットがないですね~角力場でりき彌さん千藏さん拝見しました。千壽さんは今月お役なしでちょっと残念です~

堂島の若い者に一期生の松十郎さん千次郎さんがでて台詞を仰るとしっかり上方のにおいがするのが頼もしく感じられ、上方歌舞伎塾で上方の役者さんを育てるという目標は彼らの頑張りもあって成功したなぁと思いました♪

「む」どの

む殿 いつも貴殿のコメント
 同じ上方歌舞伎愛好者とてし、嬉しく拝読致しております。
しかし「長門新しいもち役となり」 はちとこまります。
雀右衛門丈襲名なればこそ
 先代を思い お出になられた
お役 長門 だと思うのだですが・・・・・。

御指摘、感謝。

笠置町殿

御指摘、ありがとうございます。

今一度、秀太郎丈の記事を読み返して、笠置町殿の仰るとおりでした。ここに私の誤解に対して、御
詫びを申し上げると共に、ご注意下さった笠置町殿に感謝しております。

ありがとうございました。

む殿 こちらこそ

早速の ご投稿
この方こそ 御礼 もうしあげます。

身が住まいます笠屋町には、昔 松竹の礎、白井松次郎氏の屋敷がございましたそうな。 芝居話に花が咲くのは、楽しく嬉しい事。
む殿 今後とも 上方歌舞伎、宜しくお願い致します。

あと5日ですね

 「あと6日」とのブログを拝読しているうちに今日の口上も終わってあと5日になりました。
 19人も出ておられる口上では僅かしかお話しになれないことも、こうしてブログで読ませていただくと一層感動します。
 舞台で話されて大受けの「お腹の中にいる時から…」をお聞きしたときは驚いて少し調べました。4代目雀右衛門丈は昭和30年に関西に活動を移し、新雀右衛門さんはその昭和30年11月に大阪の大野屋という旅館で生まれたそうですから、秀太郎丈(昭和31年に秀太郎ご襲名ですから、まだ彦人さんの頃ですね)がそのころをご存じだったんだと再認識しました。
 ところが、今度はブログで、時姫を中座でなさったとお聞きしてびっくり。それは知りませんでした。ネットのデータベースで検索しましたが、なぜかその時のデータは見られず。

 まさか長門を、というのは我々ファンも同じ気持ちではありましたが、とても好評なのは誇らしいです。今回のような演出ではよくわかりませんが、長門は後室なのですね。義理ある三浦之助にと思えば一層心打たれます。今では省略するのが普通という、段切れで長門がわざと時姫の槍に突かれて先立つという所も、哀れでしょうが見てみたいです。
今回は3分と少しでも、雀右衛門さん父子のためにお引き受けになられたのですね。

 東京の桜が開花宣言と聞きました。
 26日はお父様の祥月ご命日。あのお墓の後ろの桜も咲き始めるでしょう。残念ながら今年は事情があって上京できず、本門寺にお参りできませぬ。お許しくださいませ。
プロフィール

片岡秀太郎

Author:片岡秀太郎
二代目 片岡 秀太郎
昭和16年9月13日
大阪府大阪市生まれ
屋号は松嶋屋
定紋は七つ割り丸に二引、替紋は追いかけ五枚銀杏
本名は片岡 彦人(かたおか よしひと)

十三代目片岡仁左衛門の次男
1946年(昭和21年)10月京都南座で『吉田屋』の禿役で本名の片岡彦人で初舞台
1956年(昭和31年)3月大阪歌舞伎座の『河内山』の浪路で二代目片岡秀太郎を襲名

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