冬至



私が初めて顔見世に出たのは昭和25年、昔の吉右衛門劇団に関西からは子役の私(彦人…よしひと)1人。翌年には父の仁左衛門が参加と云うような状態でした。なぜ急にこんなことを云いますと今日は「冬至」。毎年この日になると嵯峨の実家から柚子と南瓜が楽屋に届けてくれて、南瓜
を食べて柚子風呂に漬かるのです。何となく思い出したのですが、私が10歳まえ、生意気に俳句に凝っていた頃の句に、「旅さきで橙風呂に廻り合い」と云うのがあって、俳句の丸山綱女先生が、「廻り合いという表現は敵に廻り合わせたようで、ヤッパリ役者のお子さんですね~」と仰有ったのを覚えています。父に連れられての巡業先、旅館の気くばりの柚子…、と云うことは昔は12月に巡業に出ていたのでしょうか…。

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冬至

 私も家で、自分で栽培したカボチャを食べて、柚子を風呂に入れて冬至を過ごしました。そして、京都の顔見世には毎年嵯峨から南瓜と柚子が届くというのは以前からお聞きしていたので、はるかに思いを馳せておりました。
 ところが、秀太郎丈の、こんな素晴らしいお話に巡り会うとは❗
利発そのもののお写真。それにもまして、なんという名句。とてもお子さんの作とは思えない大作ですね。廻り合い、というところに、巡業ならではの感慨と喜びが溢れています‼敵に廻りあったのではなく、好きな人に廻りあった、歌舞伎のあれこれを連想します。
 この頃は日没は冬至前よりも少し遅くなって夕方が明るくなり、なんとなく気持ちも前向きになります。そして千穐楽に行くのが近づいてきて、わくわくしています。でも寒さはこれから。お体に気をつけられてお元気でお過ごしくださいませ。

よいお写真ですね!

昨日は冬至にしては暖かく今日は更に暖かいですね。
十歳前でこの句を詠まれたのですか…すごい利発なお子様だったのですね~今の千太郎君くらいの歳ですね♪貴重お写真有難うございます!
いつもより一日短い今年の顔見世、のこり四日ですね。
もう心は半分初春公演にむいておりますが週末の拝見を楽しみにしております!
NHK顔見世中継も今年は早目で千穐楽当日しかも夜の古典芸能への招待枠なのですね。しっかり録画予約して急いで帰って拝見します!

拝見。拝読。

おはようございます。
ブログ更新、写メ送付、ありがとうございます。
おきささん、拝見しました。良かったです。上方には会話を楽しむ気風があり、それが科白にも反映して、面白かったです。心の襞から言葉は出てくるものだとおもいました。小屋もこのくらいの広さが、この狂言には丁度良いなとおもいました。愛之助丈も御活躍で、嬉しくおもいました。
写メ、お父様譲りの口元のせいか、意思堅固な利発な様相で、秀太郎丈、「兄の我當は堅物で、昔からそうだった」とか述べられてた記事がありましたが、秀太郎丈も負けていなかったのでは.......
俳句素敵です。湯けむりの神輿に乗って柚子の香りが立ちこめ、人が
だんまりの様に動く。佳い句ですね。
あと数日、元気ですごされますように。

とても!

賢く凛としたお写真ですね!!少年に凛としたという言葉は
似合わないかもしれませんが、凛としたものを感じて
背筋が伸びるようです。俳句を詠まれたなんてすごいです。
ポッカリゆず湯でほ~っとされたことでしょう。
二日ほど前に二回目の吉田屋に寄せていただきました。
歌舞練場の歌舞伎もっともっと拝見したかったです。

当時の新聞

「彦人 一人 顔見世出演」

大きな題字で 新聞に出ましたね!!
プロフィール

片岡秀太郎

Author:片岡秀太郎
二代目 片岡 秀太郎
昭和16年9月13日
大阪府大阪市生まれ
屋号は松嶋屋
定紋は七つ割り丸に二引、替紋は追いかけ五枚銀杏
本名は片岡 彦人(かたおか よしひと)

十三代目片岡仁左衛門の次男
1946年(昭和21年)10月京都南座で『吉田屋』の禿役で本名の片岡彦人で初舞台
1956年(昭和31年)3月大阪歌舞伎座の『河内山』の浪路で二代目片岡秀太郎を襲名

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