寺子屋の稽古


寺子屋の義太夫は、昨日まではテープでお稽古していましたが、今日から喜太夫さん宏太郎さん達、二組の義太夫さんが来てくれてのお稽古で、ナマの義太夫のもとで芝居をすると、なんとか「それらしく」見えるものです。明日は「総稽古」で総ての効果音が入っての稽古です。昔は舞台稽古はなくて、この総稽古が最終稽古だったので、江戸では今でも総稽古の後に「手締め」をおこない、舞台稽古は番外と云う解釈です。上方では舞台稽古の後、明日が初日と云うところで「手締め」を行います。上方の現実主義にたいし、江戸は形式を大切にするのですね…。

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お疲れでいらっしゃいましょうに、ご更新嬉しく。「手締め」の上方、江戸の違いお教え有難うございます。勉強になります。

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竹本の方々もお暑い中大変でしょうがやっぱり生演奏は違うんでしょうね。
いよいよ明後日は本番。楽しみです♪
去年はお髭姿にびっくりだった秀太郎さん、今年はいかに…?とそれも楽しみです…。

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義太夫といえば、 記録映画の中で、十三代目の太棹で、ご機嫌で「木やり音頭」を語っていらっしゃる秀太郎丈が、真っ先に頭に浮かびました。役者さんでも、なかなか本行を「語れる」方は少ないと思います。若い人達も常に是非義太夫に接して、体に染み付けて欲しいものです。

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集合~ 今日からブラスバンドの方々が来てくれはる、一同礼~ 実戦形式の紅白戦に入るで、はりきっていこー

せやけどまあ、連日、ナマ仁左ナマひでナマガトゥ(フランス語でケーキのことですが。ワタシがケーキか、ええなあ、気に入った、ハッハッハ。ああそのお声、たまんない、くなくなくな~)やろ、豪勢やなぁ 
〔緊急企画稽古場密着ツアー〕や 儲かるで
つれのミョーガが申しますには
あたし舞台に架けてあるミニ階段になりたい そこちゃうやろ、こうや!って舞台に駆け上がりはるたんびに踏んでもらえる、お三方にやで、うっとり わてもうアカン…
不埒な奴、胸膨らませて赤ァなってやがる、なにぶん夏限定の軽輩者ですので勘弁したって下さい

そこな若い衆、究極の贅沢に浸かってられるラッキーボーイズとは、あんたらのことや、しっかり務め上げなバチ当たりまっせ!

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今読み返していて発見。 寺子屋の写真添付blogに、白妙と言う方がとてもいい意見を仰ってます。松竹の制作の都合か、このところの舞台?。やはり愛之助さんには、次代を継ぐ苦労はして頂きたいものです。自分アタマの芝居ばかりは決していいものではありません。

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白妙さんの意見は松嶋屋さんをずっと見て来られた方としての御意見でしょうが、同じ松嶋屋に居られてもたそれなりに時期と立場がございます。それに共演したいと思われても松竹の考えもございましょう。今は売り出し時、それを通過して初めてやりたいお役もでき、共演したい方とも共演できるのだと思います。次代を次ぐ苦労は十分なさっていると13代目からの古い松嶋屋からの御ひいきも言っておられます。
又、秀太郎丈にしましても、早くに実の御両親を亡くされた若旦那を立派な役者さんにしたい、又その責任を一番感じて居られると思いますのにここで批判をされるのはいかがなものか?と思います。

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瑠衣さん、愛之助丈は稼ぎ頭だから仕方ないとおっしゃいますが、同じ若手でも染五郎丈や勘太郎丈は芯を勤めながら、親子共演では脇に回って勉強させてもらっていますよ。
何十年後か先をきちんと見据えて育ててもらっているのが、私らから見ても分かりました。
師弟と親子の愛情だと思いました。
プロフィール

片岡秀太郎

Author:片岡秀太郎
二代目 片岡 秀太郎
昭和16年9月13日
大阪府大阪市生まれ
屋号は松嶋屋
定紋は七つ割り丸に二引、替紋は追いかけ五枚銀杏
本名は片岡 彦人(かたおか よしひと)

十三代目片岡仁左衛門の次男
1946年(昭和21年)10月京都南座で『吉田屋』の禿役で本名の片岡彦人で初舞台
1956年(昭和31年)3月大阪歌舞伎座の『河内山』の浪路で二代目片岡秀太郎を襲名

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