御礼


第二十回上方歌舞伎会も、国立文楽劇場の御厚意、皆様の御支援のおかげで、盛況裡の内に、四回の公演を終える事ができました、ありがとうございました!今回が二十回、若鮎の会から数えると三十回。私はまだ三十代だったのですね…。 いろんな事がありましたが、これからも兄弟力を合わせ、上方歌舞伎の継承に力を注ぎたいと思っています。末永く御支援のほど、宜しくお願いいたします。

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お目出度うございますと共に、ご指導本当に、お疲れさまでございました。舞台の真剣さを見るにつけ、ここまでよくお育てになられたものと、心から敬意を表します。ご挨拶時 秀太郎さんのお心くばりに、感動いたしました。松之助さんどんなに嬉しかったでしょう!!

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大盛況裡の終幕おめでとうございます。
指導者としてはまだご不満もあるかと思いますが、お父様の言われてだ心"を大切にされてのご指導。拝見する限り、よくも教えよくも習ったと感心するばかりでした。
観客層は、長年見守り続けて来た皆さんと、初めて歌舞伎を見る方と。また若い人も多く、そういう意味でも意義が大きいと感じました。 最後のご挨拶で、昨日も今日も超満員でとおっしゃると沸き上がる喝采。思わず涙が出たし、お父様の手を合わせておられるお姿が見えるようでした。
お疲れ様でした。そして有難うございました。

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夕べはホンマに楽しい一夜どした。季節が良ければ日本橋ーなんば一駅分、夜の繁華街をぶらぶら歩いて帰りた(く)なりました。舞台挨拶のひでたろはん、あの場面で一気に緊張が解けはったんやね(あんな時にしっかり喋れるほうが嘘くさい)兄上サマと弟君も仲良う伝染しはって、お客さんもじーんときてましたで。(こうゆうとこが大阪の良さやね)
別に梨園の血筋にこだわらへんでもこんだけ演れるんやと証明できたと思います、第二第三のらぶりんがいてるんやと確信しました。
片岡ブラザースの30年が実を結びましたな、31年目もよろしゅう。来年も絶対観に行きます、来年はケチな事せんで夜の部全部観に行こっと。

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今日はお師匠さん方はやれやれとお疲れが出てませんでしょうか?毎年お出でだった嵯峨のお姉さまにお会いできなかった(いえ、話ができるとかそんな大それた事ではないのですよ)又いつか関西の劇場でお会いできますように。
若旦那も鮎の会のアイドルから上方歌舞伎会を経て主役ができる俳優になられました。お弟子さん達の目標だと思います。近い将来に立て女形、主役のできる役者さんが育ってくると期待しております。もちろん主役を生かせる脇役さんも育ってもらいたいですが。
さあ、今日からは又修行だっせ!!

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お暑い中でのご指導お疲れ様でした。戻駕チ-ムのお写真有難うございます!
この踊り本公演でもそんなには出ないので結構内容を忘れておりましたが拝見してみるとお芝居要素いっぱいで楽しかったですが踊られる方は結構大変なんじゃなかろうかと思いました。戻駕チ-ムもよく頑張ってはりましたね!

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千穐楽の舞台、拝見させて頂きました。
厳しく厳しくご指導になりましたのが、本当によく判る、気 の張り詰めた素晴らしい出来で、感激いたしました。
暑い日々のお忙しい中、ブログたびたび御更新下さり心から御礼申上げます。 本当に有難うございました。

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瑠衣センパイが仰るとうり松之助さんがこのおさらい会、今回が最後(今流行の卒業ですか)なんてさみしいです。松之助さん役に入りきりようったらなかったですね。
鯵子が最初に観た演目がおかる勘平で松之助さんそん時源六役で出てはった、そん時席が前の列やったもんで松之助さんと目が合いすぎて気づつなかったん(目逸らした後むちむちのひざぼん観てまた目合っての繰り返し)思い出しました(前過ぎ禁止を思い知りました)。けどそれがきっかけで主役以外の役者さんのお名前調べるのクセになったけどね。(なまりのないええ大阪弁でけるのは殿と一緒やもんね。)あああ惜しいな。

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なまりの無い大阪弁、ほんまになあ、吉本の芸人さんの言葉が政調の大阪弁やと全国に知れ渡り「違いまっせ」とも言うて歩くわけにもゆかずに背筋がもぞもぞした思いでした。その点歌舞伎にはまだ普通の大阪弁が話せる方が居てほっとしますわ。松之助さんには若いお弟子さん達に是非普通の大阪弁教えてもらいたいもんですなぁ、鯵子さん。
浄瑠璃の住太夫丈が「このごろは大阪育ちのお子でもなまりまっさかいなぁ、こまったもんだすわ」と言うてはりました。

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あの夜のあなた様は大層素敵でございました。束の間のオフなど楽しんでいらっしゃるのでしょうか。アタクシのつたないコメ(ント)に度々出て下さり、でぼちん(関西以外の方へ おでこの事です、「でこちん」と云ったりもします)に蜘蛛の糸垂らしてくれはったり、キャッチャー姿もりりしかった、なんだか他人のような気がせず、花道でマジメくさって踊ってらっしゃるお姿見つめていると、噴き出しそうに。かみ殺して、ついニヤニヤしちゃった、お気づきだった?
尤も、先肩のニイさんがエライ男前だったのでちらちらと目移りしてしまったの、赦して下さいましね。
今もときめく玉三郎さまも仁左さんも、お背が高い事では大層ご苦労なさったそう。充分屈めてても腰が高い、頭も高いと傍からは見えるのでございましょう。でもやっぱり舞台でパア~ッと映えてよろしいわ、逆にアラがあると目立つのも確か。これからもお体活かしつつキレ良くお励み下さいまし
千蔵さま まいる        ジン女

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竹朗はん、鴈大はん
あて(関西以外の方へ 私という意味ですが、かなり古い言い方、婆ばサマとお考え下さい)な、寺子屋ってあんまり好きやおまへんねん、だってそうでっしゃろ、なんぼ忠義のためとはいえ、自分の子ォ殺させるやなんて、犯罪でっせ。それも自分で手にかけるならまだしも、他人を巻き込むやなんて重罪や。
そんなん踏まえた上で悲しい親の心情を観るもんやなんてお説教は結構だす。どない取り繕っても犯罪は犯罪や。
せやけども。
暗アなりがちなところ、ちょっと明るくしてくれるのが、涎れくり与太郎、得な役やね。三助との掛け合いも見事だした。女の拵えせんと女を演じるのは難しいんでっしゃろけど、ちゃんと戸浪になってはった、基礎がしっかりしてはるんやね、師の竹三郎はんも洒落たお人やさかい、お稽古楽しそうやけど、厳しいんやろなとお察ししまっせ。

ナンやまた、109文字削れとのご命令 ははん めげんと続けさせてもらいまっさ

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うう~、こうして見ると結構長かったのかや、ま、ええわ 分けたらしまいや
では先稿に続けて
ましてをや、CEOが人間国宝はんのとこから来てるとなりゃ、下手な事できまへんわな。ナリコマ支店から来てはる人皆、踊りうまいわ。感心しましたで。
中でも鴈大はん、そこはかとなく封印切の忠兵衛の香り漂う三助どした。下男のくせに粋すぎる! しっかり千代やった。笑わせてもらいましたで。
せやけどご両人とも、よう噴き出さずに演れまんな。わてやったら、お客さんが笑い出しはったら、もうアウトや、これが修行の賜物ってことでっか、さすがプロでんなあ

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せやせや、大事な事忘れてた、字数制限が気になってしもてさ。
涎れくりはん、ててごに連れて帰られるとこで、×××買うてえなあとねだるでしょ、何にしはるんかなあ、ひょっとして「あいぱっど」かいなと楽しみにしてましたんやけど、千穐楽では触れはりませんでしたな。残念。
抜かしちゃったのなら許せな~い、プン プン! こういうことがあるから、何度も観なくてはなんないのね

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ハリーさん 冗長な文章 やめなはれ。 あんさんだけの遊び場やない。 そない書きたかったら、手紙だしなはれ。
プロフィール

片岡秀太郎

Author:片岡秀太郎
二代目 片岡 秀太郎
昭和16年9月13日
大阪府大阪市生まれ
屋号は松嶋屋
定紋は七つ割り丸に二引、替紋は追いかけ五枚銀杏
本名は片岡 彦人(かたおか よしひと)

十三代目片岡仁左衛門の次男
1946年(昭和21年)10月京都南座で『吉田屋』の禿役で本名の片岡彦人で初舞台
1956年(昭和31年)3月大阪歌舞伎座の『河内山』の浪路で二代目片岡秀太郎を襲名

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