梅笑会(訂正)


芝のぶ・笑野の二人の会「梅笑会」を国立小劇場に観に行きました。二人ともシッカリと好演でしたが、「妹背山道行」の求女が猿之助さんだったのには驚きました。彼の優しさ、求女の「はんなりした和事の色気」に感動し、涙がこぼれました。「仁左衛門⑬のおじさんとおなじように,衿は抜きませんでした…」。地方連長唄、義太夫、お囃子も素敵でした!

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観てらっしゃるところを みたい!!

母娘のようですね♪

芝のぶさんを可愛いがっていらっしゃるのがよく分かる素敵なお写真を有難うございます!
初の自主公演、秀太郎さんにご覧頂いて感激されたことでしょうね!
とっても興味のある公演でしたが行くこと叶わず残念でした…

求女にでて下さる猿之助さんのお優しさもですが足をお運びになる秀太郎さんのお優しさにも感動です~(^^)

梅笑会

私も観に行きましたが、お姿を見つけることが出来ませんでした。残念です。

猿之助さんの求女はのちろん、竹本は葵太夫、鳴物は田中傳左衛門社中と言う豪華さに驚きました。カーテンコールの芝のぶさん笑野さんのピンク色に輝く頬が、充実した舞台を表していました。

明日はいよいよ渚さまに会いに行きます♪

実現

おはようございます。
夢をかなえられた、芝のぶさん、笑野さん。賛助出演の猿之助丈、観に行かれた秀太郎丈。皆様、素敵です。屋号が違うのに、このエネルギーはどこから出てくるのでしょう。源の糸をたどれば、歌舞伎への愛情だと思ってます。

元気で、勤められますように。


プロフィール

片岡秀太郎

Author:片岡秀太郎
二代目 片岡 秀太郎
昭和16年9月13日
大阪府大阪市生まれ
屋号は松嶋屋
定紋は七つ割り丸に二引、替紋は追いかけ五枚銀杏
本名は片岡 彦人(かたおか よしひと)

十三代目片岡仁左衛門の次男
1946年(昭和21年)10月京都南座で『吉田屋』の禿役で本名の片岡彦人で初舞台
1956年(昭和31年)3月大阪歌舞伎座の『河内山』の浪路で二代目片岡秀太郎を襲名

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