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上方歌舞伎会




温かいお客様に守られて、第29回上方歌舞伎会も大入りのうち4公演を無事に勤めさせていただきました。出演者たちは本当に幸せです!この公演の度ごとに、昔の若鮎の会を思い出します。忘れもしない昭和55年、歌舞伎公演に恵まれなかった私は、熱海のホテルで「歌舞伎絵巻ショ−」を半年公演していましたが、今の吉彌、当時の千次郎が自費で私のホテルに相当長期間泊まり込み、新口村の梅川を教わりに来ていました。今の若手は本当に恵まれ過ぎていて幸せですが、これが当たり前だと思っていたら、それは大きな間違いです。苦労して若鮎の会を続けてきた千次郎が、今は亡き松竹永山会長に認められて、上村吉彌を襲名し、今では上方歌舞伎会の指導陣に加わって後輩たちを育てていますし、上方歌舞伎界にとって、とても貴重な存在になっています。今の若手たちから第二、第三の吉彌が出て欲しいと願っています…。











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更新有難うございます

いつ更新してくださるかと待ってました。
夜中の2時過ぎの更新!!見つけて喜び、私も2時台のうちにコメントさせていただいております。感謝です。
上方歌舞伎会、盛況のうちに終わって、おめでとうございます。
 今回は特に丸本物の大作「熊谷陣屋」と、片岡十二集のひとつ「近頃河原の達引」という、内容の濃く重い2作があって、緊張し、期待して拝見致しました。
 若手の皆さんがここまでできたことは、ご本人達の努力もさることながら、ご指導がどんなにか大変かつ行き届いていたのだろうと、心底感動しました。特に「晴の会」から僅か20日の短期間に、お盆もはさんでいたのに、よくぞここまでと胸打たれました。
 最後の、なごやかなご挨拶。やりとげた喜びとこれからの期待に溢れていて、手の痛くなるほど拍手させていただきました。有難うございました。

お久しぶりの更新で嬉しいです~

上方歌舞伎会、お疲れ様でした(^^)
今年の演目、熊谷陣屋と堀川は両方とも好きなので大いに楽しみにしておりました(^^)
熊谷では名題昇進したばかりの當吉郎さんがよくぞここまで!と思いましたし
堀川では登場人物同士の情の通いあいが伝わってきて涙涙でした

全員集まっての本格的なお稽古は一週間くらいなものでしょうに日頃はこんな大役を勤めていらっしゃらない若い出演者さん達の頑張りにとっても感動しました!

とともにご指導にあたられた皆様もご自身でお芝居なさるよりよっぽど骨の折れるお仕事を辛抱強く丁寧になさって下さればこそのこの成果なのだろうな~と心底頭が下がる思いです!
「教えも教えし学びも学びし」とはまさにこのことですね(^^)

出演者さんの大半を上方歌舞伎塾卒塾生さん達が占めるようになって久しいですが改めてあの塾はもの凄く価値のある存在だったのだなぁとつくづく思います!永山会長はよくぞ塾を作って下さったことと…

それでも東京と違い養成所からの卒業生が定期的に入門してきてくれる訳ではない上方では第二、第三の美吉屋さんのような方がでてこないと十年後二十年後の上方の歌舞伎を思うとき、とても心もとないので今上方歌舞伎会にご出演されている方々の中からそういう人達がでてくれることを切に願います!そういう人が出てきたら後進の励みにもなりますし…

と長々と失礼しました…御園座までしばしはお休みでしょうか?のんびりリフレッシュなさることが出来ますように(^^)

お誕生日おめでとうございます!

休暇もあと半月ほどですね(^^)
如何お過ごしでしょうか?

来月再来月の舞台を楽しみにしております!
これからの一年間も秀太郎さんにとってよい一年となりますように(^^)
プロフィール

片岡秀太郎

Author:片岡秀太郎
二代目 片岡 秀太郎
昭和16年9月13日
大阪府大阪市生まれ
屋号は松嶋屋
定紋は七つ割り丸に二引、替紋は追いかけ五枚銀杏
本名は片岡 彦人(かたおか よしひと)

十三代目片岡仁左衛門の次男
1946年(昭和21年)10月京都南座で『吉田屋』の禿役で本名の片岡彦人で初舞台
1956年(昭和31年)3月大阪歌舞伎座の『河内山』の浪路で二代目片岡秀太郎を襲名

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