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一昨日




4日の昼間、月刊誌のインタビューの時の写真などを送ります。
毎日昼ご飯か終演後、または昼夜美味しくいただいている「きしめん」の浅井屋さん。ここの きしめんは本当に美味しくて、食欲がない時でも完食し、28日の稽古のひから、毎日食べても飽きないので本当に嬉しいです!
今日5日目の舞台も無事に勤める事が出来ました。連日 京都大阪や神戸、東京から観に来てくださっているので、稽古の時は体調が悪かったのに、稽古を重ね、無事に初日を勤めてから今日で5日、次第に元気になって来ています。京都では花柳界の踊りの会で賑わっていますが、会が終わると祇園や宮川町の芸舞妓さんがたが大勢観に来てくださるので、私も体調の良いのに油断して、調子に乗らないように、一日一日を大切に勤めます。瞼の母、獅童君の番場の忠太郎が素晴らしいので、毎日の舞台がとても楽しいのです!











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わーい千蔵さん♪

更新嬉しいです~
お稽古中はご体調すぐれなかったのですね…
今月から毎月ご出演ですしくれぐれもお気をつけくださいませ!

浅井屋さんのきしめん…日曜も営業しているなら次回
のランチはそこにしようかしら…

月刊誌のインタビュー演劇界かしら?楽しみです!
瞼の母は本当に獅童さんが前回前々回より一層よくなって感動しました♪

昼は引窓でなさぬ仲だけど仲良くお互いを思いやってくらしてきた母と子と離れてくらしていた実の母と子との情愛に泣き
夜は夜で生死のほどもわからなかった離れ離れの母と子に泣きの今月です~

また大きな台風がくるかもともいわれていますが次の週末の拝見を楽しみにしております!!

拝見しました

 巡業でも明治座でも拝見した「瞼の母」。
 この芝居を初めて拝見した頃は、「瞼ぴったり合わせ、思い出しゃあ絵に描くように見えていたものを…消しちまった」という忠太郎が可哀想で、母と名乗らないおはまさんがひどいと思ったこともありましたが、秀太郎丈のおはまさんが見るたびに深くなり、金の無心かと疑っていたのが「おっ母さん」といわれてぎょっとする驚き。そして我が子と知った後も言葉では冷たく否定しながら、そうせざるを得ない立場、考え、しかし心の中ではものすごく苦しみ、悩むその想いが一層深く、今回は忠太郎よりも母のおはまさんへの共感、同情がひしひしと湧く、すばらしいお舞台でした。
 浅井屋さんのきしめん、初めて御馳走になりました。とっても美味しかったです。秀太郎丈がお気に入りと伺ったから、一層おいしかったです。
プロフィール

片岡秀太郎

Author:片岡秀太郎
二代目 片岡 秀太郎
昭和16年9月13日
大阪府大阪市生まれ
屋号は松嶋屋
定紋は七つ割り丸に二引、替紋は追いかけ五枚銀杏
本名は片岡 彦人(かたおか よしひと)

十三代目片岡仁左衛門の次男
1946年(昭和21年)10月京都南座で『吉田屋』の禿役で本名の片岡彦人で初舞台
1956年(昭和31年)3月大阪歌舞伎座の『河内山』の浪路で二代目片岡秀太郎を襲名

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