上方歌舞伎会



素晴らしいご見物の皆様のお陰で、感動的な千穐楽を迎えることができました!弟子たちも頑張りました。国立文楽劇場さんを始め、多くの関係者の方々のご厚情に対し、感謝の気持ちでいっぱいです。今回の出演者も、この感動を糧に、本興行でも修業を続け、上方歌舞伎をしっかりと継承出来る役者に育って欲しいです。こののちともご支援のほど、宜しくお願いいたします。

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お疲れ様でした

この勉強会、随分レベルが上がってきたなぁと思いました。
ご指導者の皆様の熱心なご指導に出演者の皆様が懸命に応えてこられた結果ですね。

もう一週間あまりで巡業がスタートしますね。七月に続いて絶品の二役でご活躍、とっても楽しみです。
お休み月ながらお忙しくされていたと推察する今月ですがお稽古まで少しはのんびりリフレッシュなさることが出来ますように。

お疲れ様でした

素晴らしい舞台に感動しました。お芝居の内容もですが、年々レベルが向上して、今年からはベテランの名題さん逹が卒業して若手ばかりなのに、一流の役者さんと遜色ないほどの舞台であることに心打たれました。また當十郎さんや比奈三さんが太十で顔もみえないのに提灯を立てて脇を固めておられるのにも感動しました。
素晴らしい成果も、お父上のお心を継いでの、我當丈、仁左衛門丈とお三人の細やかなご指導の賜ですね。女形さんのお芝居には秀太郎丈のをうつしたところがそこここに見えて嬉しかったです。
最後のご挨拶も素敵でした。
2日間だけではもったいない。あんなに大入りですから来年からは3日ぐらいは如何でしょうか?






素晴らしいですね

お若い役者さん方が
いつも出来ないような大きなお役をなさる機会は本当に貴重。
お忙し中、エネルギー惜しみなくご指導なさるのは
やはり愛でしょうか☆

褒められて育った若い方は(いくつの方を言うかはさておき)、
叱って逆切れなど平気。理屈だけはご立派だったりします。e-443

役者さんたちの厳しい世界はそんな低レベルな世界ではないのでしょうね。
いや、こうして実際にやらせてもらって
理屈ではどうにもならないこと思い知ってらっしゃるからこそ
日々積み重ねて頑張ってらっしゃるのかもしれません。。。

・・・しかしやらせてみる・・・というのもエネルギーのいることですから・・・。・・・・と、自分の直面している問題に置き換え、しみじみブログ読ませていただいてます・・・。

☆こち亀ご覧になったのですね。秀太郎さんの守備範囲外の映画かとおもってりましたが、予想外に感動的ないい作品らしいですね!さすが情報ツウです。。。

間違えました

太十の軍兵は、當十郎さんでなく當次郎さんでした。
打ち間違えました。すみません。

いいもの観てしまい、辛抱たまらず…

一生懸命、無心さというものは、ああも人の心を打つのでございましょうか。
前の席のご婦人、最後のご挨拶の後、「初めて見たけど、秀太郎さんって可愛い人やね」とお連れさんに言うてはった、歌舞伎はご存知ない方のようでしたが、又平が苗字を許されたあたりから、何度も目尻を押さえてはりました。
そして、本当に嬉しそうに引揚げて行くご両人の、汗だらけで晴れ晴れした顔を見て、ジンジャーも胸が熱くなりました。
それにしても去年から引き続き、千壽郎さん熱演やけどさらっとうまい、嫌みがない、感服つかまつりました。次は悪女振りが観てみたい。

若輩ジンジャー、諸国を経巡り武者修行の身でありながら、若武者の会があると聞き、矢も楯もたまらず、久方ぶりに大阪に舞い戻ってきたような次第、したが長くはお目を煩わせず、今また草鞋の紐をきりりと結び、旅立ちの時。でもね、懐には、旅公演の切符を忍ばせておりまする。うふふふふ。
長丁場でございます、道中くれぐれもおからだおいとい下さいませ。

楽しみ!

私たちでは絶対見る事が出来ない角度。
黒御簾からの客席。
秀太郎さんのBLOGのお陰で、いろいろ教えられたり、見られない場所、場面を見せて頂け、とても楽しいです。
プロフィール

片岡秀太郎

Author:片岡秀太郎
二代目 片岡 秀太郎
昭和16年9月13日
大阪府大阪市生まれ
屋号は松嶋屋
定紋は七つ割り丸に二引、替紋は追いかけ五枚銀杏
本名は片岡 彦人(かたおか よしひと)

十三代目片岡仁左衛門の次男
1946年(昭和21年)10月京都南座で『吉田屋』の禿役で本名の片岡彦人で初舞台
1956年(昭和31年)3月大阪歌舞伎座の『河内山』の浪路で二代目片岡秀太郎を襲名

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