お元気ですか!


十月に入り、ずいぶん涼しくなったと思ったら、涼しいを通り越して寒い日もある今日この頃、どうか御自愛ください。私は元気です。巡業の疲れもすっかりとれ、今月の一日には祇園町の温習会を鑑賞しました。秋の温習会は「都をどり」とちがい、大きい姐さん方も舞われるので、とても見応えがあります。素囃子の「新曲浦島」も素敵でした。会がはねると一力亭で宴会、ここでも芸舞妓さんの舞を楽しませて頂き、二次会は宮川町に繰り出しました。家に帰ったのは四時頃。五時過ぎに床につき、翌日二日は八時に起きて、(私の弟子は全員東京の演舞場にでているので)松次郎を連れて、尼崎のピッコロシアターに講義にいき、延々4時間講義しました。五時過ぎに一旦家に帰り、着物から洋服に着替え、京都に食事に行きました。家に帰ったのは二時過ぎ、それからお風呂に入ったりして、床についたのは四時。翌三日は何の予定もなかったので、計画的爆睡に突入!お昼を過ぎたら、誰か心配して起こしに来てくれると思ったのに、誰も見に来てくれないので、こっちも意地なって寝ていた
のですが、とうとう三時まで、誰も起こしに来てくれませんでした(>_<)。四日・五日は内科眼科で体調チェックの最中、京都から呼び出し電話がかかったので、検診もそこそこに切り上げ、急遽京都にむかいました。そして今日六日、宮川町の秋の舞踊会、「みずゑ會」が始まります。九日までの四日間ですが、演目、踊り手などは日によって変わるのて、私は四日の内、三日間鑑賞します。みずゑ會の後は上七軒の壽會、先斗町の水明会と、楽しみは続きます(^O^)。楽しみ過ぎて身体を壊さないように気をつけますので、どうかご安心下さい!

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お元気すぎる…

お元気そうなご様子でなによりです!
夜更かしと計画的爆睡でしっかりバランスとってくださいませ。

四日中三日ご覧になられるとは…宮川町の綺麗どころもはりきっちゃいますね。

今月はまだまだごゆっくりよいご休暇をすごされますように!
朝晩寒くなりましたのでお体にはお気をつけくださいませ。

今日は暖かでしたね

毎晩午前様の挙句寝だめ。お若いですねえ。
でもお楽しみが続きで風邪をお引きになりませんように。

新橋では愛之助さん始めお弟子さん達が頑張っておられましたよ。
メトロの駅には「義賢最後」のポスターが(^O^)/
一度「みずえ会」を見に行きたいのですが、なかなか見に行く機会が無くて残念です。

楽しいブログ

ゆっくりとお休みにもなり
またお忙しくも楽しくお過ごしの御様子。
ブログ嬉しく拝見しております!

上七軒の温習会、大学生のころ初めて日舞の舞台で涙が出るほど感動した・・・という思い出があります。
いいお舞台拝見することは
それだけで自分の癒しになり糧になります。
秀太郎さんの11月はまたご遠方への巡業。
大阪のお舞台も一日限り。うまく都合がつくかどうかと・・・。
関西のみなさん、物足りない思いでいらっしゃる方がたくさんいらっしゃると思います。。。
そして12月は舞鶴!
私の中では、なぜだか舞鶴は秀太郎さん!と思ってまりますので、それはそれは楽しみな12月!
凛々しくも美しい舞鶴、拝見出来ますのを楽しみにしております!!

特別講義

ブログを拝見すると
とてもお忙しい中をピッコロ演劇学校の
特別講義に来て下さったことが分かり
大変ありがとうございました。

当日はすばらしいお話で
これまで歌舞伎をよく知らなかった生徒も
大変感激しておりました。

松次郎さんとの実演にもウットリ♪
実際に演じてみると・・・これが全く真似できない
(当たり前ですが・・・)
そういう経験ができたことも生徒には貴重だったと思います。

顔見世か新春の松竹座へ
観劇ツアーをしようと盛り上がっております。
舞台を拝見できるのを楽しみにしております。
ますますお元気で艶やかに。
ありがとうございました。


プロフィール

片岡秀太郎

Author:片岡秀太郎
二代目 片岡 秀太郎
昭和16年9月13日
大阪府大阪市生まれ
屋号は松嶋屋
定紋は七つ割り丸に二引、替紋は追いかけ五枚銀杏
本名は片岡 彦人(かたおか よしひと)

十三代目片岡仁左衛門の次男
1946年(昭和21年)10月京都南座で『吉田屋』の禿役で本名の片岡彦人で初舞台
1956年(昭和31年)3月大阪歌舞伎座の『河内山』の浪路で二代目片岡秀太郎を襲名

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