おかげさまで


研修発表会、「石切梶原~」無事に終わり、その後の座談会も、お客様に喜んでいただけたようです。「石切~」の方も、たか志の梶原を始め、全員良く頑張って、なかなか好演でした(^O^)それにしても、このような機会を与えられた若い役者達は、本当に幸せたと思いました。今日の舞台、経験を大切に、今後とも精進し、指導者はもとより、企画実行してくださった「伝統歌舞伎保存会」の皆さんに、舞台の上で恩返しをしてほしいと思います。そして今日ご観劇下さり、暖かい拍手を送ってくださった皆さま、本当に…、本当にありがとうございました!

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お疲れ様でした

昼のお道さん、一段と心がこもり、工夫された衣裳も効果的に。お着物も半襟もですが、銀杏の帯が素敵でした。
若手の皆さん、大役を本当に頑張りましたね。厳しいお稽古の成果が見事に出ていました。今日急に代役のりき彌君、大変でしたね。
そして楽しい座談会。ユーモアたっぷりで大笑いしながらも、芸に対する厳しさを思い知らされました。秀太郎丈のお話の中では「習っても聞き返さない」「目先にとらわれず、形より心」などのお言葉がずしりと胸に響きました。有難うございました。

温かい勉強会でした

出演者の皆様もご指導者の皆様もお疲れ様でした。
短いお稽古期間で、それも本公演終演後でお疲れもあるでしょうに皆様本当によくなさってましたので惜しまぬ拍手をが送ることが出来ました。急遽代役のりき弥さんも台詞ちゃんと入ってて感心でした。
明日からは勉強会ご指導というお仕事がなくなり皆様もほっと一息ですね。
座談会ではえこさんのおっしゃるように「指導される立場の者は指導者さんに物を聞き返すことってしにくいから教える側ははっきり分かるように言ってあげないといけない」というお言葉は印象的でした。かつては教わる側でいらした経験に裏打ちされたお言葉で実際そうなんだろうなと容易に想像がつくので、秀太郎さんに物を習うことが出来る方はお幸せだなぁと思いました。

本公演も残り5日おなごり惜しいですがどうぞお元気でお勤め下さいませ。

本当に温かい~

研修発表会お疲れ様でした。
持っている力を、そしてそれ以上の力を出して精一杯舞台を務められる
若手の皆様に感心いたしました。それに観客の拍手の温かさに、私も
観客の一人なのに感動しました。
座談会はとても楽しく、指導される方の厳しい温かさを感じました。

お道さん、今日も素敵でした。四条河原の場でお松さんに
「・・・こりゃあ女房亭主の話だわな」などのやり取りのお道さんが
恰好よくて好きです。古宮の場での刺された後舞台が廻っていくときの
お道さんを見ていて、これは秀太郎丈でなければと思ってしまいました。

羨ましい

昨夜、研修会を見て幹部俳優さんの座談会に出席したお友達数人からメールで報告があり、関西在住の歌舞伎ファンは羨ましくて・・・りき彌さん、どなたかの代役をなさったのですか?
上方歌舞伎塾出身のお弟子さん達が国立劇場の舞台で活躍されるなんて夢みたいです。

石切り梶原、次は愛之助さんの梶原で秀太郎丈の梢さん、待ってます。愛之助さんもよく石切り梶原の舞台にお出になられてますが、私は運悪く俣野のお役ばかり。颯爽とした梶原を早く見たい!

有意義☆

「石切」は松嶋屋型で楽しめ、心が伝わる舞台でした。

教わる立場では、自分次第で全て済みますが、
教える側となれば、相手の成果を求められると思うのです。
自己満足で学びに来る人が多くなり、
自分に合った教え方をして欲しいと色々注文つけられました。
何かを学ぶと言う事は、
人の話を素直に聞く姿勢は最低条件。
そして、様々な経験を積まないと身につかない気がします。
どんな経験も生かせば無駄にはならない。
教える立場に立つと、教わる態度も変わります。
気も長くなりました。
色々な立場に立つ事は大切だと実感しています。
教える時は「わかっているとは思うけど」と一言つけて、
細かく指導を進め、
教わる時には「こう言う事ですか」と確認する様にしています。
質問する時には、答えの具体例を少々用意して意図を明確する。
極力互いの考えを把握し合える環境を整えます。
教える事は相手がいないと続けて行けませんから、
今は学びに行って、指導方法を盗んでいます。

ただただ拝聴

ナニワでは、夏にある「若武者の会」 勝手に、こう呼んで楽しみにしてま。
ア、お断りしときますが、「してます」の「す」を書き忘れたのではありません、上方モンは
「いらち」(→せっかち 気が短い)やさかい、「す」まで、発音しまへんねん。
国立文楽劇場やから、テキトーに手狭で、近さがムムムたまらない!
人の心を打つものあまたあれど、一生懸命さ、ほど、清いものはありますまい。
それにしても、殿はもちろん、コメンテーター陣の、このハイレベルさは、どうよ!
こんなグレードの高いブログ、そうそうありまへんで。
チャリ場のジンジャー、口あんぐり、なんぞ吸収したいもんだで。

勉強会

とても充実した舞台で ちょっとハラハラしたことも むしろ応援の気持ちでした
さぞ習う方も教える方も大変だったろうと思い 楽しく拝見させていただきました


ただ これは国立劇場側の問題だと思うんですが 自由席にしたために脚の悪い方やご年配の方もいるのに 風が冷たくなる中並ばせられ また中に入ってからも走る人が(私も)多く どうせチケットを出すなら前もって席を決めて販売することは出来なかったものかと思います。
多分 考え以上の客が集まったのかとも思いますが 仁左衛門さんや秀太郎さんたちの座談会ですもの 甘過ぎます。
実は最後の幕の前に並んだ人もいるように思われ本末転倒だと… でもそれくらい 席とりに走った人もいらしたということです


秀太郎さんにはなんの責任もないのですが もし国立劇場側に意見として言っていただけたらと 勝手ながらブログに書かせていただきました。
とても楽しく幸せな一日でしたのに 劇場側の対応には お客様への配慮が感じられなかったのが残念でした

y kはん、同意同意

殿(ykさま、判ってくれはりますよね、我が殿とは、秀太郎さま)も、役者の皆々様も連日一生懸命。
その昔、ジンジャーが、ホンマに尊敬出来る数少ない先生が教えてくれはりました。
「一生懸命」は、なまなかな気で使うことならず。本当に命を懸けてる、ということなのよ、って。
劇場のスタッフさん、プリーズ、せめてこれくらいプリーズ、アタシら楽しみに来させてもろてますねん。怒りに来てるのとちゃいまっせ!と、泣きたくなること、有りまんなあ。有り過ぎか…
今宵はこれくらいにしときます、また改めて。
プロフィール

片岡秀太郎

Author:片岡秀太郎
二代目 片岡 秀太郎
昭和16年9月13日
大阪府大阪市生まれ
屋号は松嶋屋
定紋は七つ割り丸に二引、替紋は追いかけ五枚銀杏
本名は片岡 彦人(かたおか よしひと)

十三代目片岡仁左衛門の次男
1946年(昭和21年)10月京都南座で『吉田屋』の禿役で本名の片岡彦人で初舞台
1956年(昭和31年)3月大阪歌舞伎座の『河内山』の浪路で二代目片岡秀太郎を襲名

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