上方歌舞伎会





ちょっとした失敗もありましたが、お蔭さまで大入りの内、無事に二日間の四回公演を終える事ができました。当然ながらほとんどの役者が一回目より二回目、二回目よりも三回目と、回を重ねる毎に進歩の後がうかがえました。ただ「何でもない仕草」、例えば『ふところ手』とか『羽織りの扱い』などを「何でもなく」出来ないのには困りました。普段の心得がいかに大切か、少しは判ったと思います。四公演ともに素敵なお客様で、東京や信越、九州からも大勢お越しくださり、温かく舞台を盛り上げてくださって、本当に有難うございました!また幕あいには多くの方々が私の著者『上方のをんな』をお持ちくださり、サインを求めて下さった事、とても嬉しかったです。明日から嵯峨の実家で仁左衛門や姉妹、それに當十郎や若い弟子達と『お精霊さま』をお迎えし十五日まで『お盆』のお勤めをします。その間にも『坂東薪車の会』の稽古もあり、十八日十九日の公演にそなえます。とにかく元気に有意義にこの夏を乗り切りたいと思っています。

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よろしゅうございました

お疲れさまでございました。
『ご挨拶』本当に慈しみにあふれていて、感動致しました。

ご本持ってくればよかったぁ…!と
signのご様子
眺めておりました。
ポトリポトリヨダレでした。
どっかで、signおねだりしょ~と(^^)v。

おめでとうございます!

お疲れ様でした!
2日で4回も舞台を踏めたお弟子さん方は大きな収穫があったことでしょう。
ご指導されるご兄弟の熱意と力が素晴らしいと思いました。

「上方のをんな」いつの日かサインをいただきたいと切に
思いました。

もうお盆のお迎えの準備ですね。ご先祖様を大切にする心を
以前13代目さまの「忘れられている先祖の供養」を拝読して
いろいろと教わりました。大切なことですね。ご先祖さまを敬い
一番身近な家族を愛する心が、人の幸せの大元だと。
ご先祖様が戻っていらっしゃいまして賑やかな中に温かさを感じて
嵯峨を楽しまれることでしょうね。
ご先祖様が揃われ、もしかしたらお芝居をなさるかもしれない
などと妄想しております。
長くなって申し訳ございません。
暑さきびしい日々お体にお気をつけてお過ごしくださいませ。

お疲れ様でした

秀太郎丈のお舞台に上京できなくて身の置き所もない思いでしたが、お元気なお姿を拝し嬉しゅうございました。
このブログで、ご指導が大変との様子を伺っていましたが、とにかく素晴らしい舞台で感服しきり。卒塾生の皆さんが、卒塾の頃からは比べ物にならないくらいに成長進化され、この2日間でも一回ごとに進歩されているのを見て感動でしたし、これまでになさるお師匠さんの計り知れないご努力に頭が下がりました。
秀太郎丈ご指導の、二人の梅川さんもそれぞれ立派に演技され、丈が最後のご挨拶で「一生懸命やった」とねぎらわれた時の、りき彌君と純弥君のなんとも言えない嬉しそうな表情が印象的で、ほんとにお弟子さん達は幸せだと思いました。
縛った羽織の紐がほどけたり、財布がなかなか出なかったりのハプニングも、ライブならではの楽しさでした。
本当にお疲れ様でした。
嵯峨で、今年のお盆はお芝居のご指導も終わっているから、ご先祖様、ご両親様、秀子お姉様をお迎えしてゆっくりお過ごしくださいませ。
プロフィール

片岡秀太郎

Author:片岡秀太郎
二代目 片岡 秀太郎
昭和16年9月13日
大阪府大阪市生まれ
屋号は松嶋屋
定紋は七つ割り丸に二引、替紋は追いかけ五枚銀杏
本名は片岡 彦人(かたおか よしひと)

十三代目片岡仁左衛門の次男
1946年(昭和21年)10月京都南座で『吉田屋』の禿役で本名の片岡彦人で初舞台
1956年(昭和31年)3月大阪歌舞伎座の『河内山』の浪路で二代目片岡秀太郎を襲名

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