あぁ演舞場…




十一月東京の顔見世も、今日二十三日の舞台を終え、あと二日で千穐楽です。ここ数年、演舞場の千穐楽のあとも続けて同劇場に出していただき、今年は国立劇場が二ヶ月、演舞場には六ヶ月の公演に出していただいていましたが、考えてみると、私、今月の興行が終わると関西の舞台が続き、次回上京するとしたら四月、新装なった歌舞伎座の「柿落し」(こけら落とし)になります。いよいよ歌舞伎座の開場!考えると「ワクワク」しますが、私は演舞場には子役時代の思い出も多く、劇場のキャバステー、雰囲気が好きでした。新橋の演舞場だけあって、一歩楽屋を出たら「金田中」「米村」「やま祢」などのそうそうたる料亭(少し離れた築地二丁目には「小すが」さんがあります)があり、また姐さん方のお店「万葉」「加津代」。くに龍さんの「枸杞」なとが人気を集め、京都大阪から演舞場を觀に来て下さったご贔屓には、よく連れていただき、綺麗どころも、芝居をよく観て楽屋を訪ねてくれるので、今月が終わると「今度はいつ出演出来るか…」と思うと…、なにか、とても寂しいです
。しかし泣いても笑ってもあと二日!仁左衛門も元気に頑張っていますし、悔いのない舞台を勤めます。明日も明後日も觀てください!!

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はい明日も明後日も参ります!

演舞場は土地柄料亭や綺麗どころと縁が深いのですね。歌舞伎座開場後も年に数ヶ月は歌舞伎も上演して下さるのでは?
でも次が未定だとおなごり惜しいのでしょうね。
仁左衛門丈のご復帰おめでとうございます!
昼夜共凄い拍手で私を含めて見物集がいかにご復帰を待ち詫びていたのかよ~く分かりました。

筋書を購入しまして上演記録眺めておりますと江戸落語からの文七元結ですが十三代目さんもなさってたのですね。さぞかし優しい長兵からのだったろうなぁと…そしてそのときのお久ちゃんが10代の秀太郎さん!さぞかしいじらしくお可愛いらしかったろうなぁと…観ぬ昔の舞台に思いを馳せてみるのも楽しいですね。
今月の舞台もあと二日、一回一回大切に楽しみに拝見いたします♪
寒くなりましたがくれぐれも御身体にはお気をつけ下さいませ。
拵え中?の珍しいお写真有難うございま~す

演舞場

今年は演舞場に6ヶ月もご出演だったのですね。
田舎者で東京に疎い私は、新橋のお姐さんや料理屋さんには縁がありませんが、新橋といえば一にも二にも演舞場です。今の演舞場に改築される前の演舞場も懐かしいです。
弟さんのことばかり言うと申し訳ないですが、初の花形歌舞伎で孝玉のブームの始まったのが昭和46年の6月で、その月に、今日演舞場にいらしてた京子さんが生まれたのだと記憶しています。
その後も演舞場は、新派や新作の演劇が上演され、歌手の皆さんの舞台もありましたね。今は歌舞伎座が改築中なので、演舞場は歌舞伎で賑わっていますが、新しい歌舞伎座がオープンするのもあと5ヶ月後。楽しみでもあり、少し不安もあります。そして歌舞伎座ができれば演舞場はまたいろいろな舞台を演じる劇場になるのでしょうね。
しばらくお別れとおっしゃる演舞場や新橋への思い入れもひとしおでしょうが、今度は新しい歌舞伎座でのご活躍を期待しています。
そして今日、仁左衛門丈のご復帰、本当におめでとうございます。拝見していて、熊谷に対する藤の方、藤の方に向かう熊谷の想いが実に感動的でしたし、弟さんの復帰を誰よりも喜ぶ秀太郎丈のご兄弟愛がひしひしと感じられました。

なんか文字間違い

長兵からの×→長兵衛○

です

寂しくなります

あと二日で演舞場とお別れで関西へと舞台が移っていくのは
何か寂しい気がいたします。関西の方々はお待ちかねですね。
演舞場の表示板、普段何気なく通り過ぎていますが写真で見ると
感慨深いものがあります。
お顔を拵えたお写真は三人のご兄弟が似ていないようでやはり
似ていらっしゃるのだなあと思いました。(あたりまえ・・・ですよね)
藤の方、私には、もうすでに憂いをおびて見え、美しいです。

仁左衛門丈が復帰され本当におめでとうございます!!
明日しっかりと拝見させていただきます。
楽しみ~(*^_^*)

美人

なかなか別嬪さんのカメラマンのようですね。

No title

誰どす?!
プロフィール

片岡秀太郎

Author:片岡秀太郎
二代目 片岡 秀太郎
昭和16年9月13日
大阪府大阪市生まれ
屋号は松嶋屋
定紋は七つ割り丸に二引、替紋は追いかけ五枚銀杏
本名は片岡 彦人(かたおか よしひと)

十三代目片岡仁左衛門の次男
1946年(昭和21年)10月京都南座で『吉田屋』の禿役で本名の片岡彦人で初舞台
1956年(昭和31年)3月大阪歌舞伎座の『河内山』の浪路で二代目片岡秀太郎を襲名

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