顔見世は五日目


三日の宮川町に続き、昨日四日は先斗町の総見でした。私の二十歳前の頃、関西で最も歌舞伎公演がなく、東京の舞台にも出してもらえず、「おやすみ」が多かった時代、最もお世話になったのが「先斗町さん」でした。高校生時代にはお茶屋「山愛」の息子、亨さんに舞妓に出る前の市扇さんと一緒に毎週何日か勉強を教わりに通っていましたが、山愛の女将さんがとても可愛がって下さり、つねに食事をご馳走してくださり、「お小遣」もいただき、舞妓さん達と遊ばしてくださいました。吉冨久の「おかみさん」「おばちゃん」、「沢田」さん、それに「八幡屋」さんにもとても可愛がって下さり、たまに芝居がかかるとご贔屓を紹介してくださったり、舞妓さんたちと旅行にも連れていただいたり…、本当にお世話になりました。当時の女将さんや一緒に勉強していた市扇さん、仲良くしてくれていた舞妓芸妓さん方、すでに故人になられた方々が多く寂しいかぎりですが、その頃からのお付き合いの市子さん久富美さん豆幸さん、それに吉冨久や初乃屋の今の女将さんとは今だに仲良くしていま
すし、そんなご縁、つながりから、今も多くの芸妓舞妓さん、お茶屋さんとも親しくお付き合いしています。顔見世の先斗町の総見の日は、いつもそんな事を懐かしく思っています。

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長く続く関係なんですね

今朝はあまりにショッキングなニュ-スで座中の皆様のご心中いかばかりかとお察しいたします。

花街って一般人にはあまり縁のないところですがお若い頃からず~っとのお付き合いってなんかいいですね。
伝統芸能の世界では先代からとか先々代からのお付き合いみたいなのがごく当たり前かもしれませんが一般社会では人間関係希薄になってきているのでなんか憧れます。

まだまだ始まったばかりの当月公演どうぞ皆様お身体にお気をつけてお元気でお勤めになり襲名主役さんを盛りたててあげて下さいませ。
プロフィール

片岡秀太郎

Author:片岡秀太郎
二代目 片岡 秀太郎
昭和16年9月13日
大阪府大阪市生まれ
屋号は松嶋屋
定紋は七つ割り丸に二引、替紋は追いかけ五枚銀杏
本名は片岡 彦人(かたおか よしひと)

十三代目片岡仁左衛門の次男
1946年(昭和21年)10月京都南座で『吉田屋』の禿役で本名の片岡彦人で初舞台
1956年(昭和31年)3月大阪歌舞伎座の『河内山』の浪路で二代目片岡秀太郎を襲名

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