顔見世千秋楽





お蔭様で無事に千秋楽の舞台を終え、明日の中村屋の式に備えて、東京に向かっています。大変な重圧に耐えて、立派に千秋楽を迎えた勘九郎・七之助兄弟に心から敬意を表します。また口上でも言っていましたが、歌舞伎界最年長、九十二才の小山三さんが元気に舞台を勤めたのも素晴らしく、とても意義深い千秋楽でした。殊に今日の夜の部は東京の中村屋のご贔屓が、宮川町の舞妓芸妓さんで、下手の桟敷を華やかに埋め、千秋楽に文字通り「花をそえて」下さり、勘三郎さんも喜んで桟敷のどこか、君香さんの隣辺りで観ていたような気がします(^O^)とにもかくにも今年に入って十一ケ月、元気に舞台を勤めさせていただき、皆様のご支援を有難たく思っております。来年も元旦から松竹座で幕をあけます!変わらぬご支援のほど、宜しくお願いいたします。

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千穐楽おめでとうございます

華やかでした!宮川町の皆様。
口上の拵え写真ちょっと素敵な角度ですね♪
今年も色々なお芝居の色々なお役を楽しませて頂きました。そしてこのblogもとっても楽しく、ときには知らない昔のお話などもこちらで聞かせて頂きためにもなりました。有難うございました。
どうぞよいお年をお迎え下さいませ。新年元旦の初日に伺います♪

千穐楽おめでとうございます!

本当に大変な悲しみを抑えて勘三郎さんに捧げられた顔見世の
千穐楽心よりお祝い申し上げます。皆様の温かなご支援があれば
こその中村屋ご兄弟だったと拝察いたします。
一年間秀太郎丈のお写真とお話で楽しい思いをいたしました。
本当にありがとうございました。
今年一番の寒さの中の御葬儀お風邪を召しませんようにお気をつけくださいませ。
来る年の幸せとご活躍を心よりお祈りいたしております。

千穐楽拝見しました

久しぶりの私の五回目は千穐楽でしたが、思いがけなく左の桟敷にずらりと宮川町の舞妓芸妓さんが。今月は3日11日そして昨日と三回も出会して嬉しかったです。
口上でも秀太郎丈が、今日は宮川町の皆さんがいらして勘三郎さんもさぞお喜びでしょうと述べられ、そして92歳の小山三さんのことを楽の昨日まできちんと紹介しておられましたね。中村屋さんもさぞ感謝しておいでだったでしょう。
先日は大磯の虎についてのお話、「おもいで曽我」はぜひ拝見したいものです。三大仇討ちのうち、忠臣蔵と、沼津などのある道中双六に比べて、曽我の仇討ちは鎌倉時代ということもあり、実名で演じられるのが感激ですね。工藤祐経も十郎祐成も五郎時致も実在人物ですが、大磯の虎御前も実在した女性で、「吾妻鑑」にも詳しく記述されていますね。十郎は仇討ちをするため妻子を持つまいとしていて、遊女をと五郎に勧められ、十郎20歳虎17歳で出会って激しい恋に落ちます。十郎が仇討ちの計画を打ち明けたただ1人の人物ということですが、1193年5月28日の仇討ちの日は雨で(雨でないとの説もありますが)、十郎は新田忠常に討たれて亡くなります。その時、虎は19歳。その悲しみの涙に因み、虎の雨と言われて有名で

続き

京都のホテルで携帯からコメントしたら字数オーバーで切れてしまいました。続きです。
5月28日の雨を虎の雨と言われて有名なのは虎が十郎を悼む涙ですね。虎はその後、箱根で出家し、兄弟のお骨を抱いて信州善光寺に詣っています。そして64歳で亡くなりまで十郎の菩提を弔ったと言います。華麗極まりない虎様ですが、その後の哀しい運命も思うとまた一段と胸に迫って拝見しました。機会があったら平塚のお墓を訪ねてみたいと思います。またおもいで曽我をぜひ知りたいと思います。
一方のお才さん、駕籠の後ろ姿をリクエストさせていただいたのですが、駕籠に乗る前に源六と景色を指しながら見ている後ろ姿もほんとに素敵でした。その前の源六を扇子で軽く叩いてたしなめるのが、松之助さんと呼吸ぴったりで、辛く哀しい6段目の中で唯一顔がほころんでしまうシーンでした。
今日は中村屋さんの本葬にご参列ですね。團十郎さんの1月休演も発表になりましたが、秀太郎丈が連月お元気で舞台に出ておられることに敬服するばかりです。どうか来る年もお元気でご活躍くださることを祈っています。


プロフィール

片岡秀太郎

Author:片岡秀太郎
二代目 片岡 秀太郎
昭和16年9月13日
大阪府大阪市生まれ
屋号は松嶋屋
定紋は七つ割り丸に二引、替紋は追いかけ五枚銀杏
本名は片岡 彦人(かたおか よしひと)

十三代目片岡仁左衛門の次男
1946年(昭和21年)10月京都南座で『吉田屋』の禿役で本名の片岡彦人で初舞台
1956年(昭和31年)3月大阪歌舞伎座の『河内山』の浪路で二代目片岡秀太郎を襲名

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