市村吉五郎さん…

「きちごろう」ではなくて「よしごろう」です。今朝23日、吉五郎兄さんの告別式に参列しました。家橘さんのお父さんで、私達兄弟とは「またいとこ」の間柄です。どう云う事かといいますと、兄さんは私の父の従兄弟、12丗仁左衛門の息子に生まれたのですが、15丗羽左衛門さんに可愛がられ、市村家の婿養子にはいられたのです。初めは片岡義直と名乗っていましたが、市村家に入り家橘を名乗り、後に吉五郎を名乗られました。おおらかな芸風で、北條秀司先生などは、兄さんの大フアンで、先生の作品には、必ずと云っていいほど、兄さんが出演していました。プライベートではとても面倒見の良い方で、良く人の相談にのったり、いろんな世話をやいたりなさっていました。ちなみに私の弟子の千蔵は兄さんの紹介で役者になりました。自動車や機械物に詳しく、日産自動車の芸能人カークラブ「NDC」を立ち上げ、先代勘三郎おじさんを会長、先代水谷八重子さん、長谷川一夫さんを副会長にいたたぎ、歌舞伎役者のみならず、映像の俳優、女優さん、歌い手さ
んや喜劇の方々…、広いジャンルの人達を集め、ラリーや懇親会を長年にわたって催し、時には父の仁左衛門も私や孝夫の運転でナビゲーターを勤め、温泉旅行等を楽しんでいました。歳をとられても若々しく、オートバイを乗り回していらっしゃいました。ここ十年ほどは舞台から遠うざかっておられながらも、お元気と聞いていましたが、この十七日、九十二歳の天命をまっとうされました。あちらにいらっしゃる先人方が、「良く来た良く来た!」と笑顔で迎えられる様子が見えるようです。謹んでご冥福を祈ります!

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吉五郎丈の逝去
先日、歌舞伎座観劇の折、舞台の家橘丈に心の中でお悔やみ申上げましたが、役者さんはとりわけ大変だな、と思いました。
その舞台を知らない人も多くなつている今、
こうして秀太郎さんがブログに書いてお上げになるのは、
何よりの御回向だとおもいます。合掌
プロフィール

片岡秀太郎

Author:片岡秀太郎
二代目 片岡 秀太郎
昭和16年9月13日
大阪府大阪市生まれ
屋号は松嶋屋
定紋は七つ割り丸に二引、替紋は追いかけ五枚銀杏
本名は片岡 彦人(かたおか よしひと)

十三代目片岡仁左衛門の次男
1946年(昭和21年)10月京都南座で『吉田屋』の禿役で本名の片岡彦人で初舞台
1956年(昭和31年)3月大阪歌舞伎座の『河内山』の浪路で二代目片岡秀太郎を襲名

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