「春琴」


八月三日、三軒茶屋のパブリックシアターの「春琴」を観てきました。演出家の個性が顕著に現れた作品で、出演者の方々はさぞや大変だったろうと思いました。お目当ての麻生花帆さん、お芝居も鼓の演奏もとても良かったです。深津絵里さん、台詞、動き(人形を遣いながらの台詞も)、大変結構でしたし、本條秀太郎さんの唄と三味線が素晴らしく、芝居を観ていなければならないのに、どうしても本條さんに目がいってしまい、また目を閉じて演奏に聴き入ることもしばしばで、これは花帆さんの一丁(鼓)にも云えることでした。休憩無しの1時間50分でしたが、演出面ではドラマに乗ってきたところで水を注されたりしました。それと私は子どもの頃谷崎潤一郎先生には何度もお会いしているのですが、今回舞台に登場した谷崎先生とはキャラクター的にも品格的にも随分かけ離れたものでした。勿論「お芝居」の事であり、私がお目にかかっていたのは晩年の先生でしたが…、品格、男の色気をかねそかえた、とても素敵なお方でした。それと出演の老優さんが七回忌(しちかいき)を「ななかい
き」 と云っていたのは、こう言う作品だけにとても残念でした。最近は「七代目」が「ななだいめ」であったりします。ちなみに「一段落(いちだんらく)」を「ひとだんらく」と言うアナウンサーがいたりすると悲しくなります。言葉は時代によって変化していくのは是非もないことですが、守るべきところは守って欲しいと思います。…、これって「老いの繰りこと」なのでしょうか …。

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舞台の様子を有り難うございます

ネットで検索して面白そう!とは思えども、お休みと資金上観には行けないな~です…。

谷崎先生は京都にお住まいおもちでしたっけ?それでお付き合いがおありだったのですね。
作品の一部をしるばかりの一般人ですが、あれだけの作品を生み出すお方はさぞかし素敵な方だろうなと想像しております。

七の読み方のしちとななの使い分け、私もちゃんと分かってないかも知れませぬ…とちょっと冷や汗です~(^_^;)

これって…

『これって老いの繰言でしょうか』って…
ちがいますね!

秀太郎丈の見識の高さ です。

上方の若手は
しあわせ です。


春琴

舞台の様子ありがとうございます。
私が手にした数少ない谷崎潤一郎氏の小説では、女性が優雅な
エロティシズムを持っているように思えて、ひところは憧れたりしていました。それは作り出せるものではないことは承知で・・・(*^_^*)
世田谷の「春琴」は、随分昔に映画で見た「春琴抄」とは随分かけはなれているのではないかと思いました。

言葉づかい、漢字の読みや意味、日常的には無意識に思い込みなどで使っていて反省です。多くの人に向けて発する方は大変だと思いました。
猛暑の中お疲れが出ませんようにお祈りしております。

「シチ」と「ナナ」

 七回忌。七代目。
なるほどと教えられました。私ももしかして、やはり「なな回忌」と言ってしまう時があるかも、と汗顔と反省しきりです。そもそもは七が一に聞き間違えられることもあって、七万円は一万円と聞かれないようにナナ万円と言うことが多いです。
しかし劇場で七之助さんのことをナナノスケと言っている人がいてびっくりしました。

 話は違いますが、終戦のエンペラーを見ました。感動しました。孝太郎さんの昭和天皇もよかったです。
ただキャストが小さいローマ字で出るので、ISAOなんとかと出て、あれ?とよく見ようとしたらもう消えてしまいましたが、もしかして甥御さんの片岡功さんが出ておられたのでしょうか?画面を一生懸命見ていたけどわかりませんでした。

 また話は違いますが、昨日テレビの衛星劇場で「川連法眼館」の初出し。劇場に行かず申し訳なかったお舞台の静御前を、録画して、じっくり何度も拝見しました。若々しく美しく、義経にも狐にも情があって素晴らしかったです。

あんさんは正しい。

老いの繰り言なんかと違いまっせ、間違いは間違いです。

私も読み方や慣用句の使い方には敏感やからわかります。それを本人さんに指摘しようもんなら、うるさく感じられるくらいならまだましで、揚げ足取りする人にいきなりランクインですわ。
局アナの中には四字熟語をよんもじ熟語と読むのがいてます。上司も注意せえへんのですね。皆仲良しクラブでいたい連中が増えてイヤな世の中ですわ。

秀太郎はんにはうるさいおじさまでずぅ~といててね、お願いします。

井上 勇です。

井上 勇です。
こんにちは。
いつも、ブログを読ませていただいてます。
井上 勇でした。
また、読みに来ます。
プロフィール

片岡秀太郎

Author:片岡秀太郎
二代目 片岡 秀太郎
昭和16年9月13日
大阪府大阪市生まれ
屋号は松嶋屋
定紋は七つ割り丸に二引、替紋は追いかけ五枚銀杏
本名は片岡 彦人(かたおか よしひと)

十三代目片岡仁左衛門の次男
1946年(昭和21年)10月京都南座で『吉田屋』の禿役で本名の片岡彦人で初舞台
1956年(昭和31年)3月大阪歌舞伎座の『河内山』の浪路で二代目片岡秀太郎を襲名

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