九月十三日






演舞場九月興行は大入りの内に中日を迎え、私も無事「誕生日」を迎えました。十三日の0時になると、一斉に多くの方々から「お祝いメール」が届き、とても嬉しかったです!!電話をかけて来てくださった方も居てくださったのですが、昨夜はご贔屓のお心遣いで築地で「食事会」の後、「銀座のグラブ」でカウントダウン、0時キッカリにシャンパンで祝って下さっていたので「電話」には出る事が出来ず、せっかくのご厚意にお応えできなくて大変申し訳なく思っております。私の子役時代のおじ様方は少しのお方を除いて、関西では寿三郎おじが60代、富十郎おじさんは50代前半、たしか52才に亡くなられ、東京の菊五郎⑥さんも60歳なかばで亡くなられましたが、私はその1週間前、六代目のおじさんの芝のお宅のご病床の枕元で「美味しい・鰻重」をごちそうになりました。体調はお悪い様子でしたが鰻重のあと1週間後になくなられるなどとは考えも及びませんでした。そして播磨屋(①吉右衛門)のおじさんも、七十歳を迎えることなく旅立たれました。近年でも松緑②おじさんも早かった
し、十一代目(團十郎)のおじ様にいたっては50代でなくなりました。その後長命の方、市川寿海さん鴈治郎②さんが80歳半ばまで御活躍、父の仁左衛門などは平成5年の顔見世興行中に90才の誕生日の祝賀会をして、その後3ヶ月患って3月26日、老衰で穏やかにたびだちました。私は父の歳まで18年…、多分無理だと思いますが、とにかく72才をクリアしました!これからは「一年一年」と云うより「一日一日」の舞台、どんなお役でも自分なりに心を込めて勤めていこうと思っています。

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おめでとうございます

お誕生日おめでとうございます!
お誕生日のカウントダウン、祝宴、メールにお電話なんてすごいことですね。私も13日になったら何をおいてもすぐにとは思っても、メルアドもお電話番号も知りませんから、まずブログにコメントをと思っていましたら、さっそく更新してくださり、有難うございます。
私の知らない先輩方の思い出が綴られていますが、私の一番よく知るお父様のご長命が何よりの目標ですから、あと18年と言わずに少なくも百歳まで現役でご活躍くださることを信じています。
お舞台では若々しく色っぽいお役が多く、しかしキャリアのある、揺るぎない演技。今や女形の最高峰、大ベテランの秀太郎丈。
今月のおまき、来月の小せん、顔見世ではまた静御前と、押しも押されもせぬ持ち役ですが、年が開けたら絶対に道明寺の覚寿を、と念願しています。
めっきり涼しくなりました。くれぐれもお体をお大切になさって百歳を目指してくださいませ。

お誕生日おめでとうございます

中日もおめでとうございます!六代目さんとの思い出話しにへ~そんなことが、と思ったり、昔の名優の皆様は今の平均寿命を思うと早く旅立たれた方が多いのにビックリしたりしました。
それを思いますと90まで現役で舞台に立たれた十三代目さんや先代の又五郎さんは凄い!と思いますし、最年長の小山三さんの存在には感動してしまいます…

秀太郎さんも、どうぞこの後もお元気で一日一日を積み重ねられ益々充実の舞台を拝見させて下さいませ!そして上方の芝居の味わいを若い後進の皆様にしっかり伝えていって下さい!

おめでとう

 v-254秀太郎ちゃんv-254

 お誕生日なの?

 おめでとうv-25 おめでとうv-274

 ケーキの向う 双子の赤ちゃんかと

 思っちゃつた

久保剛史と申します

久保剛史です。
わかりやすいですね!
また見に来ます。

こんばんは

72歳のお誕生日、おめでとうございます。

まだまだこれからです!(笑)

母が大ファンで私も何度か観劇にお邪魔したことがあります。
女の私がうっとりするぐらい、素敵な立ち振る舞い。。。

これからもずっと、ずっとお元気でいてください。

演舞場でも

また書かせていただきます。
愛之助さんのブログで、演舞場でもお祝いがあった由、秀太郎丈の笑顔のお写真、そちらでも拝見できました。

お誕生日おめでとうございます!

本当に輝くばかりの秀太郎丈の笑顔、素敵です!
様々なお役はもとより、いろいろなことに造詣深く、ピリリとしたものを観る眼やウイットに富んだ言葉、しかも心の底に愛情がある秀太郎丈を敬愛いたしております。
まだ歌舞伎ほんの入り口の私は興味深くブログを拝見させていただいき、楽しませていただいております。
これからもお元気でますますのご健勝をお祈りいたしております!

六十七十洟垂れ小僧

「六十七十洟垂れ小僧おとこざかりは百から」

とは現代木彫の最高峰の平櫛田中(ひらくしでんちゅう)翁の言葉。
田中翁といえば、六代目菊五郎の『春興鏡獅子』の「獅子の精」の木彫を20年かけて作った(できた時には六代目は鬼籍に入っていた)「試作の稽古中の裸形像」「着衣の像」「ブロンズの胸像」などを残したことで有名ですが、田中翁、107歳の長寿の長寿で百歳を迎えると「製作に専念しますので訪問しないでください」と言って20年分の材料を買い求めたとか。

秀太郎丈も一株で千本の花をつける樹齢数百年の桜の巨木のような華やかなで存在感のある役者になってほしいと思います。

誕生日おめでとうございます。
プロフィール

片岡秀太郎

Author:片岡秀太郎
二代目 片岡 秀太郎
昭和16年9月13日
大阪府大阪市生まれ
屋号は松嶋屋
定紋は七つ割り丸に二引、替紋は追いかけ五枚銀杏
本名は片岡 彦人(かたおか よしひと)

十三代目片岡仁左衛門の次男
1946年(昭和21年)10月京都南座で『吉田屋』の禿役で本名の片岡彦人で初舞台
1956年(昭和31年)3月大阪歌舞伎座の『河内山』の浪路で二代目片岡秀太郎を襲名

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