二十五日目(訂正)





四条大橋から鴨川を眺める場合、朝は陽に照らされた北山が見える上(かみ)、北側。夕方は黄昏の空の下の流れ、宵の明星の南側の景色が美しいです。今朝はそれほど寒くなかったように思います。25日目、141回目の静御前も、お陰様で無事に勤める事が出来ました。藪から棒ですが、今日何気なく番付の上演記録を見ると、私は八段目(忠臣蔵)の小浪を結構演っていました。初演は確か昭和32年の東京東横ホール、戸無瀬は我童兄さん。その後時蔵④兄さん、扇雀(藤十郎)兄さんの戸無瀬でも勤め、巡業では13歳の折りに菊次郎おじさんの戸無瀬でも勤めていました。ついこの間のような気がしますが、もう60年も前なんです。今回時蔵さん梅枝さん親子の八段目をみて、茂雄(④時蔵)兄さんに可愛がって頂いていた時の事を懐かしく思い出しました。

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二番目の静さま

助けにいかなきゃ

前楽に

お早うございます。
前楽になりました。
そしてメリークリスマス。
若々しく初々しい静さまを見ていると、今でも小浪が似合いそうです!
ところで1月2日のEテレ「こいつぁ春から」は各座を少しずつ中継だけど、特に「東慶寺…」が載ってるのは、終演間近の時間のお陸様を拝見できるでしょうか。

京都に着きました♪

メリークリスマス!
やっと拝見できま~す
二つ目のお写真のお手はどなた?

八段目の小浪の秀太郎さんさぞ可愛いらしかったことでしょうね!

半世紀以上!

素晴らしいですね。なかなか続けられることではないと思いました。
静さまのいろいろなお写真素敵です。
朝な夕なの鴨川の風景に心が洗われるようです。
あと二日となって名残惜しい気がいたします。

静様すてき!!

残念ながら、秀太郎さんの八段目の小浪を拝見したことはないのですが、図書館の書庫にあった演劇雑誌「テアトロ」で九段目の小浪をおつとめの秀太郎さんを拝見しました!

それはもうお可愛らしくて…(*´▽`*)
由良之助はお父様で、二代目雁治郎さんがいらっしゃったり、ぜひ舞台で拝見したかったです!(若輩者でその頃まだ生まれていないのが悔やまれます…)
いつかの顔見世で孝夫さんの本蔵を拝見しているのですが、そのお写真ではなんと孝夫さんは力弥をおつとめで、もう感慨深いやら嬉しいやら…

ご退院、おめでとうございます!!
直近の鮨屋もそうでしたが、ご共演のすばらしいお舞台をまた拝見するのを楽しみにしております♪

それでは、顔見世も残り短くなりましたが、楽までお元気でおつとめください!

そして、またすてきなお写真、みせてください(*^^*)

別件の追伸

二度目のコメントで失礼します。
芸術祭賞の演劇部門で、10月の「義経千本桜」が大賞に選ばれましたね。おめでとうございます。平成歌舞伎最高との評価、もちろん小せん様もその一翼を担っておいでですね!

四代目時蔵さん

私が歌舞伎を見初めたのは まだ芝雀を名乗っていらした時蔵さんのテレビの時代劇で 母に頼んで歌舞伎座に行ったのが最初でした♪
東横ホールもよく通いました♪
彼の小浪は三代目との写真を持っていますが 戸無瀬をしかも秀太郎さんの小浪でしていたなんて嘘みたいです(笑)
可愛かったでしょうねぇ!!
観たいです!!


明日はいよいよ千龝楽ですね!

来月のチケットも取っています♪
東慶寺楽しみです♪♪


二度目のコメント失礼します

10月の義経千本桜が芸術祭の大賞を受賞なさいましたね!!
仁左衛門さんが手術の為の休演前の渾身の舞台で一瞬も目を離せない素晴らしい舞台でした♪♪♪


また 松竹座での愛之助さんの夏祭も関西で受賞!!

どちらも拝見して感激していたので 私もとても嬉しく思っています♪♪

心よりおめでとうございます!!と申し上げると同時に本当にありがとうございました!!
プロフィール

片岡秀太郎

Author:片岡秀太郎
二代目 片岡 秀太郎
昭和16年9月13日
大阪府大阪市生まれ
屋号は松嶋屋
定紋は七つ割り丸に二引、替紋は追いかけ五枚銀杏
本名は片岡 彦人(かたおか よしひと)

十三代目片岡仁左衛門の次男
1946年(昭和21年)10月京都南座で『吉田屋』の禿役で本名の片岡彦人で初舞台
1956年(昭和31年)3月大阪歌舞伎座の『河内山』の浪路で二代目片岡秀太郎を襲名

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