懐かしい仙台


仙台には限りないほど色々と思い出があります。初めて出して頂いたのは50年以上前でしょうか…。藤崎百貨店の友の会公演。電力ホールか何かの上階の劇場で、「番町皿屋敷」、父の播磨で「お菊」と「吉野山道行」、岩井半四郎さんの忠信で静を踊っていました。この一座に寿猿さんもいたそうです。まだ10代の孝夫と一緒にホテルラウンジで奏でられるピアノ「ブーベの恋人」に聞き惚れていたのを思い出します。ホール続きのグランドホテルにも泊まりましたが、仙台では「針久(はりきゅう)」と云う旅館が山形の「旅館・後藤又兵衛」と共に有名で、何度か泊めていただきましたました。でもここ数10年は仙台に来てもホテル泊、今日タクシーの年配の運転手さんに聞いたのですが、彼は「針久」を知りませんでした、もう無くなってしまったのでしょうか…。今日の「東京エレクトロンホール宮城」は今年開館50年だそうで(えこ様に教えて頂いたのですが…)、1600席が昼夜共に満員の盛況でした。公演中に地震がありましたが、一座の人の殆どが気付きませんでした。雨も公演時間中には
降っていたようですが、移動時間には上がっていて、薄日が射していました。仙台には他に沢山の思い出があり、歌舞伎以外でも「三木のり平」さんの一座に出して頂いたこともありました。そんな仙台には今回は泊まらず、明日の公演地、山形のメトロポリタンに泊まります。

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一座のみなさん

晴れおとこ なんですね よかったです

思い出話有難うございます

お父様の青山播磨相手にお菊…拝見したかったものです!

東北好きなので巡業追っかけるときは東北を選んでましたが山形は行ったことがないのです。また明日のブログを楽しみにしております。

ひどい雨にもあわれずに順調な道中のご様子で嬉しいです♪

ひとめぼれ→艶姫

おつかれさまです。
連日の盛況、おめでとうございます。
仙台での数多い思い出の中から、幾つか紐解いてくださり、興味深く拝読致しました。まだ秀太郎丈の舞踊、拝見したことがないので、いつか拝見したいと思っております。
では、明日も元気でお勤めくださいますように。

御人徳

大雨!・・秀太郎さんが動かれる時は雨がやむ・・、もうこれは秀太郎さんの御人徳としか思えません。
素晴らしいですね。
どうぞ気をおつけになって、巡業の旅をお過ごし下さいませ。

仙台の思い出

仙台だけあって、何度かご出演とは思いましたが、そんなにたくさんの思い出がおありなのですね。お菊さんを拝見したかったし、踊りも拝見したかったし、三木のり平さんと一座なんて驚きました。
昔は皆さんはホテルでなく旅館だったのでしょうが、この頃は旅館がどんどん姿を消しますね。旅館だけでなく、ホテルも、平成11年に仙台に行ったときは会館の真ん前のゴールデンパレスに泊まったのに、21年にはもうありませんでした。
地震は大したことがなくてよかったですね。緞帳は赤い山(どこの山かしら?)だったのですね。
今日は山形でお目覚めですね。山形は大歌舞伎の幟が立ちましたが今年は?11年には完売御礼でしたが、21年には半分くらいの入りでした。今年は?
山形の最上義光公の歴史館に行ったら、最上公の紋は松嶋屋と同じく丸に二引で嬉しかったです。
山形で竹三郎さんが膝に救急絆を貼ってて心配した思い出がありますが、今年はそんなこともなく、傘寿でもお元気でおつとめのことと思います。

まったり

 孝夫さんとの思い出♡♪♡♪♡♪

大事にしているものが沢山あるから

元気で前向きに居られる^^すねv^^

 孝夫さんと電話でおしゃべり

したいですね(^_-)-☆

今日も鮮明に実感出来る

好い日にね~♪

時・・・

一時も休まず時は刻まれていくことを有難く懐かしく想いました。
「ブーベの恋人」聞いていらした時のそれぞれの胸の内を
想像できない想像をいたしました。あのころの心も宝、それを
思い出したりする今の心も時を刻む宝に思えます。

仙台の緞帳の色合いが好きです。
プロフィール

片岡秀太郎

Author:片岡秀太郎
二代目 片岡 秀太郎
昭和16年9月13日
大阪府大阪市生まれ
屋号は松嶋屋
定紋は七つ割り丸に二引、替紋は追いかけ五枚銀杏
本名は片岡 彦人(かたおか よしひと)

十三代目片岡仁左衛門の次男
1946年(昭和21年)10月京都南座で『吉田屋』の禿役で本名の片岡彦人で初舞台
1956年(昭和31年)3月大阪歌舞伎座の『河内山』の浪路で二代目片岡秀太郎を襲名

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