越前・武生



越後越中加賀を経て越前武生に来ました。梅雨と云うのに晴天続き、巡業に出てから一度も傘をさしていません。この武生も超満員の素晴らしいお客様…、ついつい役者も乗ってしまします。今朝は8時すぎに金沢を発ち、10時前に劇場に着きました。開演は11時半と云うのに大勢のお客様が11時の開場をお待ちになっていました。今日は門之助さんと相部屋でした。門之助とも仲良しですが、彼は楽屋でも列車でも、ゲームばかりやっています。今日は終演後名古屋のホテルに入り、明日の知立市の公演にそなえます。寿猿さんは相変わらす元気、若い女性が大好きです!! 

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はや越前

朝から、そして今夜は名古屋まで ですか? 暑いさかりのご移動の大変さ を思います。
が お天気も凄い!この梅雨の季節に雨しらず…。強運おとこの集団ですね。
寿猿さんより若者の秀太郎さん! 負けずに 頑張ってくださ~い!!





不勉強でした

「平成12年の巡業で、武生には行ったことがあるけれど越前市は知らない」なんて、先般コメントしたのに、今日のご報告で「武生」と聞いて「えっ?」と驚きました。不勉強、赤面の至りです。
武生市は平成17年に隣町と合併して「越前市」になったけれど、会館は同じなのですね。あの時はちょうど日曜日で、yさんはじめ関西の皆さんも大向うさんも大勢来て、掛け声もたくさんかかりましたが、今年もちょうど日曜日。賑やかだったでしょうね。

昨日の、37年11月巡業のコメントに追伸です。その時、秀太郎丈はお菊のほかに、「千本桜」の道行で、静御前をなさっていますね。忠信は半四郎丈となっています。拝見していませんが。

米吉君のブログに、かつての男役の写真があって、「秀太郎のおじさまが『あんたはきっとこんなんやる役者やない。もうやらへんやろうから、記念に写真撮ったる』と撮ってくださったもの」とあります。米吉君は、秀太郎丈の予見通り、今は有望な若手女形ですね。

私も武生いったけど越前市は知らんわぁと思っていたら市町村合併で今は元武生市が越前市なのですね。
なんか商店街歩いて会館にいったの思い出します。駅で切りまでご出演の我當さんや孝太郎さんや愛之助さんにあった記憶が…ついでに電車待ちの時間に待合室のテレビで大河ドラマがかかっていて菊之助さんが映って皆さんでわいわい眺めた記憶があります…。懐かしいです!

明日は愛知で明後日また道中で次がいよいよ近畿圏ひこにゃんの彦根ですね♪
いよいよ近づいていらっしゃってワクワクです~
この梅雨時の巡業、洗濯物の乾燥の心配をよそながらしておりましたが、皆様日頃の行いのよさで雨にあわれていらっしゃらないとは素晴らしいですね~

寿猿さんそういえばブログ始められましたよね。お若い!今まで梨園ブロガーさんは秀太郎さんが最年長でいらっしゃったと思いましたが左團次さん寿猿さんも始められて最年長は寿猿さんになりましたね。
戦前戦後のお話興味深く拝見しております…。昨日は歌舞伎座で小山三さんのお元気なお姿拝見して嬉しかったです。
ご年長の皆様がお元気でいらっしゃるとなんだか元気をわけて頂くようで嬉しいです。
寿猿さんに比べるとまだまだお若い秀太郎さんもどうぞお元気で楽しい旅をお続けくださいませ!

越前→三河

お疲れさまです。
皆様、元気で舞台お勤めの様子、嬉しく思います。寿猿丈、顔色も良く、皮膚も綺麗で、お元気でなによりです。何か召し上がりながら、女性に話し掛けられているのでしょうか。
門之助丈にようにゲーム-オタクの人は結構いまして、コミュニケーションをとろうとしても、そういう機会が持ちずらい人達で、仕事に差し支えないようでしたら、私の場合は、放っておきます。緞帳は光る織糸を使用してると思われ、橙-黄色のグラデーション-色調の変化で構成されてますね。ゴッホの「向日葵」を連想しました。彼の場合は理想郷を表す色彩であったと、いわれています。緞帳の作者にも、その様な意味合いが、あったのかもしれません。今回の巡業の天候に良く合った色調といえるのでは、ないでしょうか。
明日も、元気でお勤めくださりますように。

こんばんは。

記事を読んでて市川寿猿さんは気持ち的に若いから頭が下がります。
きっとおもだか屋一門の皆さんや若い裏方やスタッフと一緒にいるから若い人のエキスを貰っているんだと思います。
年配の人たちの前で若手の私からすれば歳を取ったと言えませんね。(>_<)
私は仕事場やプライベートで偏屈な頑固老人しか見なかったから記事を読んでて新鮮に感じました。
今の60代以上の皆さんは若く感じます。

新しい一週間

 素的な舞台写真ありがとうございます。

秀太郎さん

今日は、どんな出会いが待っているか

楽しみですね。

これからもみんなで頑張ってください。

応援してます。

プロフィール

片岡秀太郎

Author:片岡秀太郎
二代目 片岡 秀太郎
昭和16年9月13日
大阪府大阪市生まれ
屋号は松嶋屋
定紋は七つ割り丸に二引、替紋は追いかけ五枚銀杏
本名は片岡 彦人(かたおか よしひと)

十三代目片岡仁左衛門の次男
1946年(昭和21年)10月京都南座で『吉田屋』の禿役で本名の片岡彦人で初舞台
1956年(昭和31年)3月大阪歌舞伎座の『河内山』の浪路で二代目片岡秀太郎を襲名

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