岸和田を終えて



楽しかった地元での3日間の公演、今日は岸和田の浪切ホール、本花道もある立派な劇場です。地元のお客様に加え、東京のご贔屓が銀座の綺麗どころを引き連れて応援に来て下さったのですが、終演後一緒に食事することも出来ず、すぐ広島に向かっています。今日の口上は寿猿さんが岸和田の思い出を語り、お客様は元より、口上にいならぶ私たち全員「大うけ」で、少し時間が延びました。

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早速のブログ更新有難うございます!

もう移動中でしたか…次は呉ですね
いつぞや巡業のときも新幹線の駅のある広島市なら便利なのに~と思ったのを思いだしました。
安孫子屋の酌婦さんお二人のお写真有難うございます!お二人とも台詞はそんなにないものの、無法者弥八の暴れっぷりや茂兵衛の反撃を観ている物見だかい酌婦さんのお芝居しっかりなさっててよかったです~

寿猿さんの思い出口上…気になります~

残り五ヶ所、よい道中を!

岸和田→呉


お疲れ様です。
秀太郎丈をはじめとして、りき彌さん、千壽さんも元気でお勤めのようで嬉しく思いました。
安孫子屋さんのセット、店の名の字体がしっかりとしていて、素敵です。
緞帳は図柄がよく判らなかったので、念のため波切ホールのホームページを開いてみました。それを拡大してみると、岸和田城、だんじり祭、現在の建物、岸和田の空と海のモテイーフからなる岸和田賛歌が主題のようです。
選考によって採用された作品の様に思えます。
そろそろ終盤ですが、皆さま元気で、お勤めくださいますように。

岸和田行きました

本日、岸和田の昼の部に観劇し、口上に大笑いし、楽しかったです。
秀太郎丈の演技が拝見できればなお良かったです。
中車丈の演技も磨かれていて、行って良かったです。

広島→呉

岸和田の浪切ホールは外は2002年にできた神殿みたいなホールで、中は、客席数は多くないけれど花道付き。巡業でなく若手の1週間公演の時に行きました。緞帳にもある岸和田城には、中座に行った時に岸和田まで行って見ました。
寿猿さんの口上が大受けとは、聞きたかったです。その寿猿さん自身のブログは岸和田城に行ったことのほかは「今日も頑張りました」だけ。
さて今頃は広島でお目覚めで、これから呉ですね。
平成11年は松山のあと移動日で、大阪での幸さんのショーへ。翌9月15日の呉の日はちょうど台風が来て広島まで豪雨でしたが、呉線に乗り換える頃は台風一過、開演前に「歴史の見える丘」に行き、海軍工廠や戦艦大和の記念碑石川島造船所などを見てから文化ホールへ。煉瓦色の建物の細い階段を上がった二階が入口。あの時は緞帳でなく定式幕、日曜で、yさんが盛んに声を掛けましたっけ。

口上がとても楽しかったです。

まず秀太郎丈のご挨拶。猿之助、中車襲名披露の真心のこもった口上。寿猿丈の口上は大いに沸いきましたが、秀太郎丈が冷静に猿之助丈に回してくださり、猿之助丈の説明で丸く収まりました。チームワークの良さに感心した次第です。

口上しか秀太郎丈を拝見出来なかったのは残念でしたが、太閤三番叟にも一本刀土俵入りにもおもだかやの芸の継承を観ることができました。

3階席でしたので、初音会の方々のかけ声もよく聞こえ、大向こう気分も堪能しました。

この巡業が終われば、いよいよ松竹座での公演!
なんと船乗り込み乗船の当選葉書が届き、とても待ち遠しいです。
プロフィール

片岡秀太郎

Author:片岡秀太郎
二代目 片岡 秀太郎
昭和16年9月13日
大阪府大阪市生まれ
屋号は松嶋屋
定紋は七つ割り丸に二引、替紋は追いかけ五枚銀杏
本名は片岡 彦人(かたおか よしひと)

十三代目片岡仁左衛門の次男
1946年(昭和21年)10月京都南座で『吉田屋』の禿役で本名の片岡彦人で初舞台
1956年(昭和31年)3月大阪歌舞伎座の『河内山』の浪路で二代目片岡秀太郎を襲名

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