演舞場の初日があきました


今月の演舞場は、染五郎、松緑、海老蔵、勘太郎、七之助さん達、花も実もある若手五人が中心の公演で狂言も『寺子屋』や『熊谷』など義太夫狂言を軸に名狂言が並んでいて、昨日までの稽古もとても熱気をみちていました。私は今月は『助六』の満江を勤めます。「みつえ」でなく「まんこう」曾我満江「そがのまんこう」で助六と白酒売り(曾我の十郎五郎)の母親で、今回初役でつとめます。河津三郎の奥方がなぜ曾我の満江なのかよくわかりませんがあまり深く考えないようにしています。華やかな芝居が次第に地味になっていくところでの登場で、幕が明いてから満江の出まで一時間半あります登場するときは編笠をかぶり、刀を腰に〓〓侍のように登場しますが、編笠をとってからは 兄弟の母親らしく 情深く品良く、それでいて淡々と演じなければなりません。いろんな先輩の満江を拝見しましたが、今回は梅幸叔父さんの型でつとめます。助六といえばやはり十一代目團十郎叔父さんを想います。そのお孫さんの助六で、そして父と仲のよかった五代目福
助おじ様のお孫さんの揚巻で、またその昔、父が我當時代に助六の稽古をつけて下さった七代目幸四郎おじ様の曾孫さんの白酒売り、そのなかで満江を勤めさせていただくのはとてもありがたいど思っています。心を込めてつとめます。よろしく〓お願い〓いたします。

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プロフィール

片岡秀太郎

Author:片岡秀太郎
二代目 片岡 秀太郎
昭和16年9月13日
大阪府大阪市生まれ
屋号は松嶋屋
定紋は七つ割り丸に二引、替紋は追いかけ五枚銀杏
本名は片岡 彦人(かたおか よしひと)

十三代目片岡仁左衛門の次男
1946年(昭和21年)10月京都南座で『吉田屋』の禿役で本名の片岡彦人で初舞台
1956年(昭和31年)3月大阪歌舞伎座の『河内山』の浪路で二代目片岡秀太郎を襲名

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