音の会(ねのかい)







昨日が初日で今日が千穐楽!たった2日間・2回の公演でしたが、今日は昨日よりかなり進歩していました。舞台での経験がいかに大事かと云うことが良くわかります。お客様もとても温かく見守って下さいました。台風で悪天候の中、関西や甲信越から、遠路遙々おこしくださり応援下さったご贔屓もいらっしゃいました。ご支援下さった皆さまにはこの場を借りてお礼を申します。つぎはぎ「上方歌舞伎会」 !どうか宜しくお願い致します。(大阪に帰る車中にて)

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お疲れ様でした!

出演者の皆様(後見含)のお写真を有難うございます!
今日は昨日よりよかったんですね♪
あと何回かあればもっと皆様進化なさったことでしょうね。
演奏家さんの研修発表の場が役者さんの勉強会にもなるという一石二鳥の面白い会でした。なかなか東京在住でないと拝見する機会もないですが今回拝見出来てよかったです!
お昼頃まで近畿もお天気大荒れでしたがようよう落ち着いてまいりました。お気をつけお帰り下さいませ。

お疲れさまで

ございました。

役々の写真を有難うございます。
忠兵衛さん
仁左衛門さんに似ていますね。

愛情を持ってお育ての花々、大きく育ってゆきます。
教えるという大変なご努力あればこそ…。

上方歌舞伎会
楽しみに観劇させていただきます。





ご指導有難うございました

案じた台風も進度が遅かったお蔭でまだ来ず、無事に上京できました。
日頃はこのような大役をする機会のないお弟子さん達が、一生懸命に演じられる姿に、お弟子さん達の頑張りもですが、これまでにご指導なさった秀太郎丈と仁左衛門丈のご苦労とお力に、本当に感動しました。義太夫のご指導もなさったのでしょうね。上方歌舞伎会のように、指導者様のご挨拶があれば、ご苦労に拍手できるのにと思ったことでした。
ご指導がご兄弟なので、松嶋屋の型で一貫、ご兄弟の息の合ったチームワークを舞台に感じました。
それから、私の席が後ろだったせいか、吉五郎さんの孫右衛門の風貌が、お父様の13代目さんを彷彿とさせていただくかのように似ていて心に迫りました。思えば30数年前に松嶋屋さんお揃いの「新口村」を拝見したのが、なんとこの国立の小劇場でしたから、一層、懐旧の思いが強く、心に迫るものがありました。
登場した四人の皆さんの写真に加え、雪後見の白衣で支えた松太朗君の姿も写してくださり、秀太郎丈の温かな愛情に、心から御礼申し上げます。お疲れさまでした。

お疲れさまでございます

それぞれのお役のお写真ありがとうございます!
拝見することはできませんでしたが、お写真から
想像いたしました。
ご兄弟でご指導のお舞台は、ご出演皆様の宝物
になって行くことでしょう。
30数年前、松嶋屋お揃いの「新口村」をごらんになった
というえこさまをとても羨ましく思いました。

訂正します、国立小劇場では…

先ほど、帰郷のバスの中で「松嶋屋さんお揃いの『新口村』を拝見したのが小劇場」と書いてしまいましたが、帰宅して調べましたら、昭和58年に小劇場で、孝夫さんが初役で新口村の忠兵衛をなさった時は、お父様が孫右衛門、お兄様が封印切の八右衛門さんだったのですが、肝心の秀太郎丈はあの時はお出にならず、梅川は雀右衛門さんだったのですね。間違ったことを書いて本当に失礼しました。

道中本当に気をつけてくださいね

 秀太郎さん 舞台大成功 おめでとうございます。

御疲れ様でした~。 ^^

 
  大雨 暴風が続いています。

道中本当に気をつけてくださいね。


ありがとうございます

えこさま、ご丁寧に訂正ありがとうございます。
秀太郎丈の梅川拝見したい願望が強くなりました(^。^)

写真

撮り方のうまさに感心しました。
やはり勝れた役者さんの眼 腕ちがいますね。
いい写真に感謝!
プロフィール

片岡秀太郎

Author:片岡秀太郎
二代目 片岡 秀太郎
昭和16年9月13日
大阪府大阪市生まれ
屋号は松嶋屋
定紋は七つ割り丸に二引、替紋は追いかけ五枚銀杏
本名は片岡 彦人(かたおか よしひと)

十三代目片岡仁左衛門の次男
1946年(昭和21年)10月京都南座で『吉田屋』の禿役で本名の片岡彦人で初舞台
1956年(昭和31年)3月大阪歌舞伎座の『河内山』の浪路で二代目片岡秀太郎を襲名

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