日々好日(訂正)





明治座は今日で一週間が経ちました。お陰様で大入り続き、舞台も順調で、正直これと云ってお話することもないので、今夜は「千壽」と「りき彌」の昼の部「おんな団七」での芸者の写真を見てください。ちなみに「おんな団七」は、「夏祭浪花鑑」が純粋な上方歌舞伎なのに対し、江戸狂言に描かれています。去年「竹三郎の会」で猿之助さんの「お梶(おんな団七)、竹三郎さんの義平次婆」で復活上演し好評だったのを、今回同じ猿之助・竹三郎コンビで本興行での上演です!東京では③時蔵おじさんが何度か上演されていますが、大阪では昔、50年以上前に④富十郎おじさんの、今で言うリサイタル「矢車会」で上演、この時の婆が秀郎(しゅうろう)さんでしたが、その秀郎さんが亡くなって新聞に「死亡記事」が出たとき「太」を加えて「秀太郎」と間違えた人がいました(笑)

コメントの投稿

非公開コメント

お二人とも美しい!

わ~い素敵なお写真有難うございます!
旦那筆頭に美人揃いのご一門ですこと♪
拝見する日を楽しみにしております。

太の文字を頭の中で訃報に付け足してしまった方はそそっかしいですが違うと分かって随分ほっとなさったことでしょう。

それはそうと、秀太郎さんが大阪市から文化功労者として表彰されるとうかがいました!去年の千壽さんの若手におくられる咲くやこの花賞ご受賞に続いて今年は秀太郎さんの円熟の芸と長年の後進ご指導に対する大きな表彰で嬉しいです。おめでとうございます!今後も益々お元気で末長くご自身の舞台に、また後進のご指導にとご活躍下さいませ。

霜月 曇り日

おはようございます。復活狂言は、歌舞伎の掘り起こしですから、当たって再演というのは、嬉しいですね。
千壽さん、りき彌さん、以前より個性的になられ、より自信を持たれたようです。千蔵さんは、今は、愛之助丈と一緒ですか。
今日も、元気で過ごされますように。

丁度みていました辞典に、
青柳の糸よりかくる春しもぞみだれて花のほころびにける(紀貫之)
とありました。
柳のようにしなやかに風に揺れて、川べりにしっかり根をはるような秀太郎さんの雰囲気をうつしたかのようなお二人で、お役のなかできらっと輝いていらっしゃることでしょう。本当に綺麗ですね。手の使い方も空気をとらえているような。葉の表と裏をはらはら風になびかせて。

秀の字を見て秀太郎さんと浮かんでしまわれたのは、いつも秀太郎さんことを大事に思っていらっしゃったからでしょうね。

本日も美しく輝いて下さいね。

昔の人は!

健脚!

フト 口から出た
♪柳の馬場を押小路 オヤ そこから牛ケ瀬って
どれだけの距離?とおもったのが始まりで
芝居の先輩姉に尋ねると
『なんで三條愛宕道までくるねん』のお言葉。
にほんとだぁ。
また芝居友に語れば、「与市兵衞かて祇園から山崎へ…ですよ」
結局 昔の人は健脚だった!になりましたが

あれこれ思う内耳に
♪山科よりは一里半、息をキッたる嫡子力彌
素晴らしいかった
秀太郎さんの力彌と七三のお父様
ああ 健脚からいくらでも

ひろがる 舞台!







千壽さん、りき彌さん

お二人の艶っぽいこと!すっきりとした美しさですね。
「おんな団七」は観たことがありませんが、「夏祭」は見応えがありますので、「おんな団七」も猿之助さんですから好評とのことも頷けます。
立冬過ぎて寒さが増してきましたが、明治座の舞台は昼夜にわたって熱いのでしょうね!拝見するのが楽しみです。

No title



初めてコメントをさせて戴きます。

ご学友の中島さんの関係者で、母娘ともに秀太郎さまの
楽屋にお邪魔してる者です。
今月は是非、明治座に参りたいと思っております。
お美しいお姿と、演目内容の分かり易いご説明の虜とな
ってます。

プロフィール

片岡秀太郎

Author:片岡秀太郎
二代目 片岡 秀太郎
昭和16年9月13日
大阪府大阪市生まれ
屋号は松嶋屋
定紋は七つ割り丸に二引、替紋は追いかけ五枚銀杏
本名は片岡 彦人(かたおか よしひと)

十三代目片岡仁左衛門の次男
1946年(昭和21年)10月京都南座で『吉田屋』の禿役で本名の片岡彦人で初舞台
1956年(昭和31年)3月大阪歌舞伎座の『河内山』の浪路で二代目片岡秀太郎を襲名

カテゴリ
月別アーカイブ
QRコード
QR
検索フォーム