明日は千穐楽



今年の顔見世も盛況の内、遂に明日は千穐楽を迎えます。千穐楽を明日に控えて兄が休演したのは残念ですが、壱太郎君は完治したらしく良かったです。お陰様で私は前半に喉を痛めて、第3部を三日間お休みしただけで元気に千穐楽を迎えます。正直ホッとしたような、寂しいような気持ちです。仁左衛門代役の「孫右衛門」は父の演り方だったので梅川をやっていてとても懐かしかったです…。

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お見舞申し上げます

我當様、ご休演、心からお見舞申し上げます。

弟さんの孫右衛門、何度も拝見していますが、秀太郎お兄様との顔合わせが、このような形で来ようとは…。

明日拝見します。

待ってました、覚寿

3月の歌舞伎座が発表になりましたね。
予想通り「菅原伝授」の通し。
仁左衛門丈の菅丞相は何回もなさっていますが、覚寿をどうしても秀太郎丈で拝見したくて、懇願していました。
いよいよ立田を卒業なさって、大役中の大役、三婆の一つの覚寿、とにかく嬉しいです。

新口村

中日過ぎに昼 夜拝見しました 我當さんの孫右衛門はお父様にそっくりに見えました!!とても温かいお二人に感じました!!

仁左衛門さんの孫右衛門は何回か拝見していますが ご兄弟では観たことがない(梅川が違いました)ので 両方をご覧になれるお客様を羨ましく思います!!
我當さんの1日も早いご快復を祈っております!!

秀太郎さんもお身体大切になさってくださいませ!!




秀太郎さんが入院されたのかと心配致しました。でも、ご心配ですね。
我當さん、早くお元気になられますように。

菅原道真の五言律詩、寒早十首に新口村を思わせる一首があります。(讃岐守時代)
何人寒気早 寒早走還人
案戸無新口 尋名占旧身
地毛郷土痩 天骨去来貧
不以慈悲繁 浮逃定可頻
いち早く寒気が訪れるのは走還(本籍地から逃げたものが本籍地に帰ること)の人。まだ戸籍はない(新口)。名を尋ね出身を考える。この土地は痩せて、人々は労苦のまま、慈悲で繋がなければ、浮浪逃亡は後を絶たず。

秀太郎さんもお身体をお大事にされますように。そして沢山の方々に、これからも歌舞伎の良さをお伝え下さいね。


心配です

我當さん心配です。お早いご快復を御祈りいたします。
お父様、お兄様、弟さんの孫右衛門で梅川をなさることになるのですね…

明日の拝見を楽しみにしております。
千穐楽は寂しいですがまたすぐ大阪で公演初日♪と思うと嬉しいです♪
どうぞ我當さんがお正月公演ではお元気にご復帰なさいますように!

お見舞い申し上げます

我當さまの慈愛に溢れる孫右衛門好きです。
仁左衛門丈の孫右衛門は言うまでもなく素晴らしいです。
梅川が秀太郎丈でご兄弟の孫右衛門を拝見できるのは
期待感でいっぱいですが、我當丈のいち日も早いご快復を
祈らずにはいられません。
昨日の「新口村」は泣けて泣けて仕方ありませんでした。
今日のお石さまはお声も全快、4等席まで厳然とした武士の妻
が素晴らしく届き、最後に婚儀を許した後の柔らか味のある表情
と、夫の本懐を祈る思いと寂寥感が胸をうちました。
明日は千穐楽、楽しみに楽しみに拝見いたします。

顔見世千穐楽

12/26

おはようございます。
今日も元気で過ごされますように。

おめでとうございます

千穐楽おめでとうございます!
そして一年間、お疲れさまでございました。
来年も素敵なお姿を楽しみにして劇場へ足を運ばせていただきます。

後ろ姿

滅多にみられぬ忠三郎内の梅川さん 有難うございます。
プロフィール

片岡秀太郎

Author:片岡秀太郎
二代目 片岡 秀太郎
昭和16年9月13日
大阪府大阪市生まれ
屋号は松嶋屋
定紋は七つ割り丸に二引、替紋は追いかけ五枚銀杏
本名は片岡 彦人(かたおか よしひと)

十三代目片岡仁左衛門の次男
1946年(昭和21年)10月京都南座で『吉田屋』の禿役で本名の片岡彦人で初舞台
1956年(昭和31年)3月大阪歌舞伎座の『河内山』の浪路で二代目片岡秀太郎を襲名

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