寿さん

悲しいです…

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驚きました

再復帰なさらないので心配はしていましたが、訃報のニュースに、本当に驚きました。
このお写真は、2011年松竹座で『伊勢音頭恋寝刃』での、秀太郎丈の万野、三津五郎さんの喜助ですね。「三津五郎さん」と言わずに「寿さん」と呼ぶところに、秀太郎丈との親密さが感じられます。
明日の本葬も博多におられる皆さんは参列叶わなくて悲しいですね。
今頃はご自分のご両親や勘三郎さんと会い、また13代目のお父様にも「早すぎるよ」と言われているでしょう。
合掌

哀しいです

ニュースで知ったとき信じられませんでした。去年の靱猿でのご復帰初日の嬉しさを思うと悪い夢だったいいのに…と思います。
ツーショット有難うございます。
以前の俳優祭での映像と舞台との連鎖劇「奈落」では不死身の吸血鬼さんだったのに…早すぎます。

合掌

ご苦労様でした。

大きな才能を失ってしまいました。天上界の無慈悲を嘆いてます。まだまだ沢山の舞台を拝見したかったのに......
好き、上手だけでは舞台は勤められないということ、お客様に感銘を与えることを最も大切にして、努力し、またそれができる俳優さんでした。悔しいです。

夕焼けの 流れる雲に 濡れる袖

ご冥福を、心より御祈り申し上げます。
.

残念です。

秀太郎さんより年下の人が亡くなるのは辛いですよね。
年上の歌舞伎俳優が三津五郎さんのコメントをする姿はこちらが見てて辛すぎます。
携帯でインターネットを見たときは非常に驚きました。まだ59歳であり歌舞伎や舞踊がまだまだやりたかったのにと思います。
歌舞伎の仕事は忙しいようなので
お体だけには気を付けて欲しいです。
無理だけはしないで下さいませ。

肉体の芸術ってつらいねぇ。そのすべてが消えちゃうんだもの。本当に寂しい。つらいよ。

タイトルは勘三郎丈での三津五郎丈の弔辞。勘三郎の二人の息子の後見役的役回りをしていたように思えます。
プロフィール

片岡秀太郎

Author:片岡秀太郎
二代目 片岡 秀太郎
昭和16年9月13日
大阪府大阪市生まれ
屋号は松嶋屋
定紋は七つ割り丸に二引、替紋は追いかけ五枚銀杏
本名は片岡 彦人(かたおか よしひと)

十三代目片岡仁左衛門の次男
1946年(昭和21年)10月京都南座で『吉田屋』の禿役で本名の片岡彦人で初舞台
1956年(昭和31年)3月大阪歌舞伎座の『河内山』の浪路で二代目片岡秀太郎を襲名

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